『その冷えた指先に R』  
   
*R=reverseの意味です。


(1)



「まっず〜いっ!」

ふと思い立って腕時計で時間を確認した僕は、慌てて席から立ち上がり、一目散に課の出入り口を目指して机の間を駆け抜けた。

(まずいまずいまずいっ!今日は、本社から望月チーフがやって来るって……空港までの出迎えを頼まれていたのにっ)

あーもうっ。どうして今日に限って壁時計が止まってるんだろう。僕の腕時計は電波時計だから時間が狂うことはない……ってことは、完全遅刻ぅ〜〜!?まずいなぁ。望月チーフは厳しい人だからって大沢部長がそうとう恐れていたからな。これは土下座もんかな?まー、近頃じゃ、土下座も慣れたからいいけど……

「わっ」

勢いよく飛び出した先に誰かがいて、思いっきり体当たりしてしまった。とっさに目の前にあった二の腕を掴んで、転びそうになるのを食い止めようと、ぐい、と上に引っ張れば……意外にも軽々と身体ごと持ち上がってしまって。焦りのためか、僕の心臓はこの上もなく早鐘を打ち始めた。

「ご、ごめんなさい……っ、大丈夫でした?」

僕の声に応えて、不快そうに眉間に皺を寄せて上げられた顔を見て、今度は一転、心臓が止まった。いや、息も止まった。確実に。そんな僕の様子など一向に気にしていないのか、目の前の華奢な女性は眼鏡の奥から、涼やかな瞳で僕をまっすぐに見詰め、ちら、と部屋にかかるプレートの方向へ視線を飛ばしつつつ、ここが2課?と聞いてきた。きっと僕のせいでプレートの文字までは読めなかったのだろう。

「あ、はい、そうです、あの、何か御用でしょうか?」

自然とこぼれた笑み。けれど、彼女の表情は固いままだ。――うん、きつい顔もなかなかイイ感じ。思わず崩れそうになった相好を元に戻してくれたのは、その可憐な唇から聞こえてきた咎めるような声だった。

「うで。」

え?と、言われた意味がわからず聞き返せば、腕、放して、と睨み上げられた。おかげで、折れそうに細い彼女の二の腕をずっときつく掴んでいたことに気づいた僕は完全に舞い上がってしまい、慌ててぱっと手を離すと、不自然なくらいの勢いで2、3歩後ろに下がりつつ、必死に謝罪の言葉を口にした。



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