『その冷えた指先にR』  
   
(10)



――はじめは、ただ単に快感が過ぎただけなのかと思った。


「………ふっ……あ……ぁ………あぁぁぁ……」

行為の最中にれいちゃんが泣きじゃくる、ことというのは……実は今までもけっこうあったりして……って……ま、それは僕が暴走しちゃうせいなんだけど。それはこの際、脇に置いといて。

これはどうもそういうのとはちょっと違う、と気づいたのは――まるで小さな女の子が泣いているような、そんな素直な泣き方になってきた時点だった。

思わず行為を止め、れいちゃん、どうしたの?と声をかけたけれど。

「あああん、あああん、ええーん……」

泣き声はさらに高くなって、身も世もないほどに激しく号泣し始めてしまった。今度は、小さい女の子、と言うよりも赤ちゃんに近いような、そんな泣き方。

(こんな彼女は、初めてだ。)

いや、意外にも――麗華さんに言うと怒られそうだけど――実は、彼女はかなりの泣き虫で。

ファーストキスのときも、僕が彼女に告白した時も、泣いてたし。ああ、そういえば、初めてのえっちときなんかは……結局、最初から最後まで泣いてたっけ……。そういう時はいつも「自分の方が年上なのに」とか、「こんな事で泣くなんて女々しくて嫌だ」とか思うんだろう。溢れそうになる涙を堪えようと、ぎりぎりまで必死に奥歯を噛み締めていて。それでも次第に、じわじわと瞳が潤んできて終には……というのがパターンだった。それがまた……すごく、そそる、というのは内緒だ。

でも、今日は……。何よりも泣き方が激しいし。いつもしっかり顔を隠している両手がない。ていうか。彼女の両手は、ちょっと痛い、くらいの力で、縋りつくように僕の腕を掴んでいる。

(なんだか……)

こんなことを思うのは、可笑しいかもしれないけど。初めて、彼女の全部を曝け出してもらえた感じがする。うん。そうだ。今、彼女は僕に“ありのまま”を見せてくれているんだ、しかも……多分、無意識に。

こんなのは、勝手な思い込みかもしれない。けれど。ようやく僕は、全てを預けられる存在だと、彼女から認めてもらえたのではないだろうか。

10年前に出会ったときは、家庭教師と生徒だった。惹かれあったのはほぼ同時。それから3ヵ月後、僕の多少強引なアプローチで、いわゆる恋人同士になって。けれど大学合格と同時に、継母に仲を裂かれた。あの女は、卑怯な手口を使って、麗華さんに辛い役回りを押付け、それを僕に知られないように巧妙に隠していた。興信所も、大学も、全てに先回りして手を打って。そ知らぬ顔で「良い母親」を演じていた。反吐が出るほど、完璧に。

そして。

偶然にも、それとは知らず、父の会社に入社していた麗華さんと再会したのが5年前。あの頃の僕も、義伯父との一件を受け止めるのが精一杯で。悪いのは彼女じゃないと知っていても、つい詰りそうになる自分を押し留めることしかできなくて。とても……彼女の全てまでは受け止めてあげられなかった。

受け止めてあげるも何も。僕は卑怯にも……逃げ出したんだ――海外営業部への配置換えを父に頼んでまで。

でも、もう。

逃げも隠れもしない。貴女の隣に居るのは僕だって、決めたから。
そして、僕の隣に居て欲しいのは、貴女だけだから。絶対に、誰にも文句は言わせない。



「……れいちゃん、アイシテル」

額にひとつ、キスを落としながら囁いた。僕の気持ちがまっすぐに伝わりますように、そう祈りを込めながら……。

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