「これはこれは!望月さんっ、ようこそ札幌支店へ!!」
「お世話になります」
「いやいやいやいや……そんな、お世話になるのはこちらでしてっ」
何とか少しでも本社の覚えを良くしておきたくて必死の大沢が、自分の娘ほどの年齢であろう望月さんにゴマをすっている姿ははっきり言って見苦しい。まぁ、気持ちはわからなくもないけれど。きっとどこの支店でもこんな扱いを受けているだろう彼女は、一瞬軽く目を眇めただけで、すぐに本題に入ろうとしたのだろう、大沢さん、と落ち着いた声でハイテンションな大沢を遮ったのだけど。その程度で押しの強さだけが自慢のこの狸オヤジは止まらない。
「いやぁ、すみませんねぇ、空港までちょうどこれからお迎えに上がろうかと思っておりましたんですがねぇ、コイツがなかなか帰社してきませんで」
そういうなり僕の頭頂部をげんこつで軽く小突いてきた。何するんだよ、この狸オヤジわ。2年前、僕が海外営業からここに配属されて来たばっかりの頃には、今望月さんにしているみたいな態度で僕に接してたくせに。
(……まったく。)
「出迎えは不要だとお伝えしておいたはずですが?」
これ以上ないほど冷たい声。あーあ、ほら、余計なことを言うから……怒らせちゃったじゃないか。まぁ、 時計が止まってるのに気づかなかった僕も僕だけど。迎えがいらないって連絡があったなら、そう言っておいて欲しいなぁ。数年ぶりに焦っちゃったじゃない。
それにしても、この態度、この外見、この声……「氷の女」と呼ばれるだけあるよなぁ、などと不謹慎な感慨に浸りつつ、会話の蚊帳の外からさりげなく彼女を観察していると。
「そちら側の責任者をご紹介いただけないでしょうか」
たしか、こちらにいただいた企画書では……、そう話題を変えられて突然お鉢が回ってきたことに焦った僕は、不自然なほど勢い込んで自己紹介してしまい、びっしょりと背中に嫌な汗をかきながら、
「札幌支店営業2課課長代理の山田です、どうぞよろしくお願いします」
飛び出しそうになった心臓を宥めながら名刺を差し出した。
受け取る瞬間に軽く彼女の指先が触れて。
――その冷たさにどきり、とした。