『その冷えた指先に R』  
   
(6)



「あーあ、やっぱり間に合わなかったか……」

何とかかんとか大沢部長を言いくるめて店の外に追いやり、急いで席に戻ってみれば、予想通り机に突っ伏して寝入ってしまっている麗華さんがいた。ある程度の酒量を超えると眠ってしまうタイプらしい彼女を、コンパ会場から背負って帰ったことを思い出す。

「ま、相変わらず軽いみたいだからいいけどね」

再会した瞬間に出会い頭で引き上げた時の軽さを思い出し、そうひとり呟いた。

店の人に呼んでもらったタクシー。運転手さんが少し嫌そうな顔をしたのは気づかない振りをして、完全に正体をなくした麗華さんを押し込み、当然といった顔でウィークリーマンションを目指す。車内で何度呼びかけても返事がなかったので仕方なく、部屋の鍵は勝手にバッグを探って取り出した。

マンションといっても名ばかりのそこは2階建てで、エレベータの類はなかった。麗華さんが借りているのは2階の角部屋。タクシーを降りる時にもう一度声をかけたけれど、うーん、といって一瞬薄目を開けただけでまた寝入ってしまったから、観念した僕は、もう一度背中に彼女を背負って歩き出した。

くったりと全体重をかけられて、背中に感じる暖かい体温。無意識だろうけれど、回した腕にぎゅっと力が入って、安定する位置に身体を摺り寄せてくる。そういえば……同じようなシチュエーションに、昔の出来事を思い出しかけたところで、



「……ん……………ふみ…く……」



耳元に寄せられた彼女の口から思いがけない言葉が零れ落ち、思わず階段を上がる足が止まった。

(今……なん、て?)

聞き質したい相手は、やっぱりまだ夢の中にいるようで、遠慮なしに預けられた身体もそのままなら、軽く首筋をくすぐる寝息もそのまま規則正しく、すーすーと聞こえてくるばかり。

(何はともあれ、とにかくちゃんと寝かさないと)

上がり込んだ部屋は、さすがに5日間も寝起きをしていただけあって、それなりに生活の匂いがしてほっとする感じだ。ああ、それに。ホテルというのは、麗華さんにとって嫌な思い出に繋がる場所でもあるんだった、よね……。

「はぁ。…………今頃思いつくなんて、僕もまだまだだなぁ」

ホテルではなくて、ウィークリーマンションを選んだ理由と、あの時、「こういうところのほうが落ち着いていいんだ」と呟いた顔に過ぎった影の理由を唐突に納得して、胸が締め付けられた。

「よい、しょ、と」

今朝起きたまま整えられていないシーツの上に、そっと麗華さんを腰から降ろして、上体を寝かそうとして気づいた。

(……泣いて、るの?)

頬に行く筋もの涙がぽろぽろと流れて止まらない。もしや、意識が戻ったのかと思って呼びかけても返事がなく。瞑ったままの瞼に、辛い夢でも見ているのかと思えば……ふみ……く……………好き……………と、しゃくりあげながら言われ――もう、何がどうだとか、考えられず。その小さな頭を両手で固定して、夢中で柔らかい唇を塞いだ。


その、涙の味のするキスは――――最後に交わした口づけと、同じ、味がした。


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