「もー、れ、い、ちゃん、いい加減、気づいて?」
言いながら、頬、耳朶、首筋、鎖骨……とキスを落とせば。それほど強く抵抗するでもなく、くすぐったさに身を捩りながら、
「な……っ……で……もっ……どう……し、て……っ」
律儀にもっともらしい疑問を口にする麗華さん。
(あーもう)
あんまり可愛くって、今すぐ食べちゃいたいくらいだ。
「僕の顔、忘れちゃったの?」
「ちが……っ、でもっ、髪の毛……茶色いし、メガネ、かけてないし……」
ちょっと非難めいた口調と視線で尋ねれば、オドオドと答えるか細い声が潤んでいて。その様子に煽られた僕の中心がざわざわと熱を持ち始めた。ついつい、もっと意地悪したくなる。
すぐにでもキスしてその先に進めてしまいたいところを、ぐっと堪えて、わざと息がかかるほど顔を近づけ。……声、も?と、熱っぽく耳元に囁けば、とたんに耳朶が色づき、瞳には困惑の色が浮かんだ。何か言いたげな表情で見詰め返して来られて、また一段と僕の熱が上がる。
(なるほど。少しは身に覚えがあったんだ)
でもきっと……そんなはずはない、ってサクサク切って捨ててたんだろうなぁ。何となく想像がついて苦笑した。ラテンの血のせいか、環境に押しつぶされない為に身につけた術なのか、意外に大雑把というか細かいことに頓着しないんだよね、この人は。きりっとした眉や強い光を放つ形の良い瞳、少しだけツンと上に向いた鼻、7号のスーツがぴったりだという痩せ過ぎくらいの体型のどれをとっても、気が強くて神経質そうに見える外見なんけど……。
「髪は、印象をやわらげるために染めてパーマかけました。……っと。メガネ…って…………僕だって、ベッドの中では、メガネくらいはずしてたよね?」
身元を詐称して札幌支店に行くことになった時、こんなキャラクターでいこう、と決めたのは。大学の合格が決まった直後、彼女から一方的に別れ話を切り出されたときに投げつけられた言葉が、実は、けっこう参考になってる。もちろん逆説的な意味で、だけど。
――『あなたみたいな、メガネでがり勉で傲慢で我侭なお坊ちゃまの相手は、もうたくさんなのっ!!』
それは母からの命令を何とか完遂しようとした挙句の罵詈雑言だったということは、後で気づいたけど。でも、その瞬間は相当ショックで。
やはりまだ、どこかでこだわっているのかも……もっと彼女をいじめたくなるほどには。
「……あ……あんまり……」
「…………見てるどころじゃ、なかった?」
知ってて訊いてる僕って、やっぱりけっこう性格悪いかもね。だって、この人のハジメテは、何もかも僕のもの、だったのだから。初めて唇を奪った時の、緊張で震えていた冷たい指先と零れ落ちたきれいな涙は、今でもよく覚えてる。
「だって……は……ずかし、いし………」
顔を真っ赤にした麗華さんが、口篭もりながらも予想通りの答えをくれるから。くすくすっと笑ったのは、ほとんど無意識だ。そう……いつだって。優秀で有能で、良識も常識も弁えた年上の女性、という仮面が一旦剥がれてしまえば……ひどく恥ずかしがり屋で寂しがり屋で、少しだけ甘えん坊の可愛い顔を見せてくれた……僕だけに。
「あー、やっぱり、僕のれいちゃんだぁ」
ちょっと(いや、かなり?)見た目は変わっていたけど。やっぱり中身は僕の大好きな彼女のままなのが嬉しくて、力いっぱい細い体を抱きしめれば。
「それに。名前が、違う。」
たぶん照れ隠しなのだろう、不機嫌そうに呟いて睨んで来られた。
(でもね。その上目遣いは、男を煽るだけだって前に言わなかったっけ?)
「あー、それ、ね。……それは、わざと変えました。ていうか、まあ、その辺の経緯はいろいろ面倒だから、詳しいお話はまた後でさせてくださいね?でも……ほら、「たかし」って漢字、「たかふみ」と同じでしょ?読み方変えただけで」
――さあて、種明かしは大体済んだし。そろそろ「大人の時間」にしましょうね?