『その冷えた指先に』  
   
(3)



「はい、どうぞ」

差し出された包みを思わず信じられない思いで凝視してしまった。山田が手にしているのは、どう見てもピンクのギンガムチェックで包まれた弁当箱……らしい。こちらのリアクションがないのに焦れたのか、もう一度、どうぞ、といって差し出してくる。しかも、満面の笑顔つき。

「いやぁ、麗華さんも外食ばっかりだと飽きるんじゃないかなーって」

それに僕、こう見えて料理けっこう得意なんですよぉ、って。のん気に笑ってる場合か、お前は?だから下僕だとか言われるんだって……。すでに影で女子社員たちから『女王様と下僕』コンビというあり難くないあだ名をつけられていると言うのに。その上、弁当まで作らせたとあっては……何といわれることだろう。

あー、本気で頭が痛い。大体、こういうのは女が男に作るもので………………って。

(あれ?)

そういう固定観念が大嫌いだから男と付き合うとか結婚とか、そういう方面はこの31年の人生からはとことん排除してきたはずなのに。社会人としてそれなりに世の中を渡っているうちに、私も世間的な常識というものに慣らされていたのだろうか?

うーん、と悩み始めたこちらのことにはまったく気づいていない様子の山田貴史は、出張先の札幌支店が用意した、私の右腕なのだけれど……。

「今日は天気もいいですし、大通公園のベンチでお昼もいいかなぁと思いまして」
「……」
「や、さすが、今日は人がいっぱいだなぁ」

そう言いながら、山田は周囲を見回しているようだ。半ば強引に手に握らされた包みを凝視している私は自然とうつむいている格好になっているため、自分よりかなり背の高い、山田の顔はまったく見えない。

「あ、あそこ!空いてます!急いでっ!」

大声が響いてぎょっとした瞬間には、有無を言わさずに弁当の包みを握っていなかった方の、右手を掴まれて小走りに走り出され……心臓が一瞬、強くはねた。

(何だコイツ、ヘタレかと思えば案外強引だし……)

そういえば、と私は、昨日一緒に仕事をした時の様子をぼんやりと思い出した。


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