『その冷えた指先に』  
   
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学生の帰省中に、ここ札幌で開催するTターンUターン組を狙った就職フェア。それに先がけ、5月に東京で開催される合同就職フェアにもあわせて出展を希望する企業へのフォローアッ プ活動――これが今回私が札幌入りした目的だった。

わが社は世界中に拠点を持つ日本屈指の広告会社で、私の所属するイベント事業部では大掛かりなイ ベントを主に手がけている。おかげで全国規模の仕掛けなども多く、年がら年中、出張三昧。

昨日もこちらに着いて早々、席を暖める暇もなく現地支店の山田と一緒に出展予定企業を回り、クライアントの要求を引き出しながら、それに対応していく、というスケジュールをこなした。

昨日こなした打ち合わせは、5件。今日はすでに3件が終わっている……あと残り6社は午後から夕方にかけての予定だった。この程度の件数は、外回りの営業としてはたいした数ではないけれど。今回のようなパターンでは、打ち合わせの後がまた大変で。次の訪問までに具体的なツールや企画書などを提示できるよう、帰社後にやらなければならない仕事が多いため、この件数でもすでにかなりの強行軍だ。

その割りに疲れていないのは――山田が立てたであろうスケジュールの絶妙さのおかげだった。距離的なものはもちろん、打ち合わせ内容の密度もよく計算され、効率よく組み立てられたスケジュール。 モバイルPCを巧みに操ってプレゼンをこなし、資料を手際よくまとめていく手腕は本社で自分の下にいる部下たちとさほど変わらない。いや、むしろ、かなり有能な……


「……れ…か……さ……れいか、さん?」


どうかなさいましたか?と、おずおずと隣から覗き込んできた声の主は、こちらが別の思考で固まっていたことに気づくことはなく。あ、これは妹のを借りてきたんですよ、僕、実家は東京なんですが、今こちらの大学に通っている妹と二人で暮らしてるんで、と。包みを開いた瞬間に現れた……これまた女子高生が持っていそうなかわいらしい弁当箱に、私が驚いて固まっていると勝手に解釈したらしく、ニコニコと説明を続ける。それはそうと、

「……その呼び方はやめてくださいと言いましたよね、確か?」
でも、本社では……」
「え?」
「あ……いいえぇ、じゃ、麗華さんってお呼びするのは勤務時間外だけにしますから」

ね?と小首を傾げられても。本当は勤務時間外だってそんな風に親しげに呼ばれたくはないが、これ以上突っぱねるのも何となく大人気ないような気もして。可否には答えず、彩りよく詰められた弁当に箸をつけた。

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