『その冷えた指先に』  
   
(8)



(まさか。そんなはず……)


「もー、れ、い、ちゃん、いい加減、気づいて?」
「な……っ……で……もっ……どう……し、て……っ」

言いながら、頬、耳朶、首筋、鎖骨……とキスされて、気恥ずかしさとくすぐったさに身を捩った。


(本当に、ふみくん……?)


余りの急展開に、覚醒したばかりの頭がついていけない。


「僕の顔、忘れちゃったの?」
「ちが……っ、でもっ、髪の毛……茶色いし、メガネ、かけてないし……」
「……声、も?」

忘れちゃった?覗き込んでくる瞳は、確かに記憶通りの奥二重の切れ長で……でも、真っ黒でさらさらとした髪は?いつもかけてた濃い色の縁のメガネはどうしたの?確かに声……は、何度も、はっとする瞬間があったけど……でも、絶対に別人だと思ってたから……似てる、と一瞬思いはしても、他人の空似だろうと、さくさく処理して深く考えることもしてこなかった……のに。

「髪は、印象をやわらげるために染めてパーマかけました。……っと。メガネ…って…………僕だって、 ベッドの中では、メガネくらいはずしてたよね?」
「……あ……あんまり……」
「…………見てるどころじゃ、なかった?」


「だって……は……ずかし、いし………」


くすくす。


「あー、やっぱり、僕のれいちゃんだぁ」

ぎゅうぎゅうと抱きしめられて苦しいというか。ふみくん……こんなキャラだった??

確かに、二人っきりの時は、四つ年下らしく甘えてきたこともあった。でも、普段の彼は、もっと大人びていて、どちらかというと…冷たくてきつい印象だったはず。特に、5年前に、新入社員として再会した時は、「社長の御曹司」という触れ込みがあったせいもあるかもしれないが、他の新入社員たちとは違って、すでにスーツもしっくりと自然に隙なく着こなして、いかにも優秀な切れ者、という感じで。

(…………近寄り辛いくらい、だった。……こちらから近寄るつもりも、もちろんなかったけれど)

『もう二度と、ウチの子の前に現れないでくださいね』

冷笑と共に投げつけられた数々の言葉と、最後の止めに言われたその一言を悲壮な決意と共に受け入れ――やっとその痛みが薄れてきた頃の再会は、喜びよりもむしろ。戸惑いと困惑の方が勝っていたから。

(それなのに。どうして…こんな……冗談みたいな再会……なのだろう)

「大体、名前が、違う。(私をれいちゃん、と呼ぶ他の人物に心当たりはないけど)」
「あー、それ、ね。……それは、わざと変えました。」

ていうか、まあ、その辺の経緯はいろいろ面倒なので、詳しいお話はまた後でさせてくださいね?でもほら、「たかし」って漢字、「たかふみ」と同じでしょ?読み方変えただけで、……って。


――なんなの、ソレ。



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