(11)
静かな、室内。キャンドルはとっくに燃え尽きてしまっていて。ちか、ちか、と静かに点滅するツリーの電飾がそこだけ時を刻んでいるように錯覚を起こさせる……。裸のままそっとベッドを抜け出して冷蔵庫からミネラルウォーターを手にして戻れば、腕枕の体勢のまま眠る彼の手がぱたぱたと動いて私を探しているらしいのに自然と、頬が、緩む。
(きれいな……手。)
私の大好きな曲を奏でてくれる……あの長い指………鍵盤の上を滑るように歌うように触れていく、このきれいな指が……自分の身体の隅々、否、体の奥深くまで触れたのだ。――そう考えただけで。体の中心で未だに消えないずきずきとした違和感が、そのまま甘い疼きにすり変わってしまって……途方に暮れた。
「やっぱり………シャワーでも、浴びてこよう」
すっかり熟睡している彼が聞いているわけでもないのに一人呟いて。剥ぎ取られた下着を拾い上げ、脱衣かごのバスローブの上において、ひやりとした浴室に足を踏み入れた。磨きぬかれたそこは、一晩中回っていた換気扇のせいだろうか。見事に乾いて、昨夜使った跡など残っていない。浴室内に設えてある鏡に映る自分は――少しだけ、まだ眠そうな顔をしている。
半分朦朧としながらも、いつも通りにボディーシャンプーを十分あわ立てたスポンジで身体を擦り始めれば。
―― 『れいちゃん』
突然、脳内に彼の声が再生されて一気に顔が火照った。大好きな声。れいちゃん、だなんて。これまで一度だって、他人からそんな風に呼ばれたことはない。だから、慣れていなくて。何とも言えずくすぐったい……正直に言って恥ずかしい。けれど……気がつけば笑みがこぼれるくらいは、嬉しいのも確かで。
『はっ…あっ…あ……ん……やぁ……』
「……な……」
身体を擦るうち……その部分に与えられた刺激に反応して自分があげた…………恥ずかしい、声が蘇った。意志では閉じられない口から、ひっきりなしに零れるそれを……止めたいのに、止められなくて。
『……ふっ……あっ……ぁ……っ…………っ』『あっ……や…ふみ、く………』
痛い、と思うのに。同時に。何か得体の知れない感覚に体中が冒されて………満たされて………全身で彼を感じていた。柔らかく触れてくる唇からも指先からも、真摯な愛情が伝わってきて。愛されている、と実感した。
『……だめぇ………ああん』『……ぇ……おね…が……ぁ……っ』
「…………」
自分の声を掻き消そうと、シャワーの水流を最大にして泡を流し、シャンプーでがしがしと少し乱暴に髪を洗ってみても……溜まらず両耳を手で押さえても。次々に脳内に響く自分の嬌声と思い出される昨夜の痴態。思い切りシャワーを頭から被ってみれば。
今度は、知識不足のせいで何とも的外れな心配をしてしまい……年下の貴史くんに……あんな最中にごく基本的なこと…最低限の常識と思われることを説明してもらう……という失態をしでかしたことを思い出してしまった。
(どうしよう……。)
あまりの恥ずかしさと情けなさに、そのまま蹲って両手で顔を覆れば、今度聞こえてきたのは……いつもよりさらに少し掠れた、熱を帯びた彼の声で。
『……れいちゃん………もっと……もっと感じて………?』『……ああ、…ほんと…に、…すごい………』『……ここ、イイ?』『…ねぇ……れいちゃん……』
(ああ、もう、恥ずかしすぎる!)
『……かわいいですよ……とっても……』『大丈夫……こわくないから……』『れいちゃん……』
「何が、恥ずかしすぎなの?…れ〜いちゃん♪」
「いっ!?」
急に後ろから抱きしめられて、心臓が口から飛び出したかと思うほど驚いた。そのままの体勢で肌を密着させたまま、こちらはが硬直しているのにも構わずに、もーびっくりするじゃないですか、どうしたんですか、こんな時間にシャワーなんか浴びて?ごく自然に会話を進めてこられても……。
「気になって覗いてみれば床に蹲ってるし。だいじょうぶ?気分でも悪くなりましたか?」
「気分は、平気………ていうか、びっくりしたのはこっちっ」
「もしかして、シャワーの音で僕が入ってきた音、聞こえなかった?」
「……全然聞こえない」
「そっか。おどかしてごめんなさい。……眠れなかったの?」
「……そう、じゃない、…けど、なんとなく…」
「えっと……ココは、痛む?」
「ぅ」
そう言いながら、するり、とことさら敏感になっていた部分を撫でられて息が止まった。
「あ。」
「…あ、あの、」
「ね……もしかして…昨夜のこと、思い出してた?」
「……ま(さか…聞こえ、てたとか…)」
「……ねぇ…」
ここはまだ欲しがってるみたいですよ?ほら。せっけんとは違うぬめり具合で滑る彼の指に、居た堪れなさが倍増する。
「だめでしょ、まだ初心者なのにそんな勝手に暴走しちゃ、」
そう首筋に舌を這わせながら、先端を捻るように強弱をつけながらすくい上げるように胸を揉みまれ、堪え切れなくてのけぞった。
「っ……うっ……うっ……はぁっ」
「ここ、も。ほら、ここも。きもち、いいって言ってるよ?」
このままここでする?という彼の質問に首を横に振り続けた結果、再びベッドへ運ばれてしまい。窓の外が完全に明るくなるまで、たっぷりと甘い責め苦を味わうことになった。
『も…………幸せすぎて、泣きそ………う……』
いろんな意味で朦朧とし始めた意識の中できいた言葉は、どちらが発したものだったのかわからない。けれど……それは、ずっとずっとこの先も。消えずに自分の中に残るだろうと直感した。