THe first encounter


(3)





 貴史君の姿を見つけてからというもの、何をしていても自然と視線の端に彼を探している。
 けれどその度に、隣に立っている少女と仲睦まじい姿を再確認してしまって。

(……胸が、痛い)

 彼の隣で無邪気に笑う少女は、彼よりも少し年下のようだ。
 雪のように白い肌に、肩の辺りで切り揃えた漆黒の髪がつやつやと光って。
 水色のミニドレスは、ふんわりとした裾が少し少女趣味と言えなくもないけれど、年齢相応とも、童話から抜け出てきたお姫様のようともいえる愛らしさ。

 それに引きかえ、私は、と言えば……格好も、役割も、すべてが召使い、だ。
 彼と自分の世界の違いくらい、あの大きなお屋敷で、グランドピアノを置いてさえ余裕を感じさせる広い個室で、嫌というほど実感していたつもりなのに。
 二人きりでいるときの、優しい態度にすっかり慣れきって。
 彼から寄せられる好意を、当然のように感じるようになっていた自分は。

(なんて……なんて、滑稽なのだろう)

 大学でもトップを走ってきた私と対等もしくはそれ以上の知識と頭脳を備えた彼には、家庭教師など必要ない、のだ。本当は。そう……私が、彼に与えられるものなど、何も、ない……のに。

 ふと見れば、薔薇色の頬をさらに紅潮させながら、貴史くんの腕に当然のように甘えて縋る、彼女。
 きらきらと大きな、黒い瞳を輝かせながら、彼、に話しかけて。

 料理を、彼、に取り分けてもらって。


 飲み物を……………彼………に……………




「……ね、……どうしたの?」

 顔色悪いよ、そう耳元に囁かれ、一挙に我に返った。
 じんわりとせり上がってきていた涙を隠すため、慌てて下を向けば、

「ちょっと、こっち来て……」

 いつになく厳しさを含んだ声。どうやら。何か勘違いしたらしい清水君に手首を掴まれ、従業員しか入ることのない、パントリーと呼ばれる配膳室に向かって連行される模様だ。

(まずい。泣いていることに気づかれたりしたら、恥ずかしすぎる。)

 ……清水君が背中を向けた隙に、私は大急ぎで目元を擦って涙を隠した。




「もしかして……具合悪かったんじゃないの?」

 心配顔の清水君に覗き込まれ、泣いていたのがばれたらどうしようかと血が一挙に顔に上ってくる。

「そうじゃない、けど」
「僕には遠慮しなくていいよ。……望月さんとは3年の付き合いだけど、今までこんなことなかったじゃない?どうする?今日は……早退、する?」

 学生バイトのチーフとして派遣元から現場のあらゆる責任を任されている彼ならではの気遣いは、とても有難かったけれど。実際に体に問題はないのだし、折角のバイト代が少なくなるのは、それこそ御免被りたいのだ。
 しかも、その理由が情けない、というか、自分に限ってあり得ない、というか。
 一瞬、自己嫌悪の波に飲まれそうになりつつも、何とか踏みとどまって笑みを作って、大丈夫だから、ちょっと来週提出のレポートのこと、考えてただけだから――苦し紛れにそう言えば、

「ええーっ!? 何かぼーっとしてると思ったら……」

 そんなこと考えてたの? まいったなぁ、望月さんには……そう言って、涙を流さんばかりの勢いで、ひとしきり笑われてしまった。そんなに、ヘンな解答だっただろうか? まあ、騙されてくれたのであればそれでいいけど。

「どうせ終了まで、あと1時間もないし」
「うん。ま、それもそうだね」

 じゃ、あと一頑張りしてきますか、明るく笑って颯爽と会場に向かった清水君の背中を追いかけ、私もパントリーの喧騒から飛び出した。





――けれど。


 意を決して戻った会場に、彼の姿は無く。
 喪失感のためか、すうっと体の温度が下がっていくような感覚に襲われた。


(きっとトイレにでも行ったのだろう……)


 そう自分で自分に言い聞かせつつ、苦笑した。先ほどまでは、女の子と一緒に居る姿を見るに忍びなかったくせに、いなければいないでこんなに…………寂しい……なんて。


(馬鹿げてる)


「恋……なんて。するもんじゃない、な。」


 彼の姿が見えるとか見えないとか、そんな取るに足らない小さなことで一喜一憂して。まさか自分が……………こんな、女々しい人間だったとは知らなかった。


――それでも。


(早く、戻ってくるといいのに)


 そう思って、残りの決して短くはない時の間、何度も何度も視線を彷徨わせた。













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