確かに私のこれまでの人生では――巷ではそれが一大イベントとなっているのは知っていても――バレンタインなどといった行事は……すっきりさっぱり眼中になくて。

 だから……忘れてたっていうのは本当だし。
 もし、万が一覚えていたとしても……そんな馬鹿騒ぎに付き合うほど暇じゃない、というのが偽らざる気持ちだったりするのだけれど。

 どうやら、わざわざ寒い中、屋敷の門の前に立って私の到着を待ち続けていたらしい、この年下の恋人には。



……こちらの言い分は聞いてもらえないらしい。







The first valentine






「なに?コレ…」
「なにって、ローションですよ」

 しかも、食べられるやつなんです。珍しいでしょう?

「ろーしょん?」

 にっこりと笑顔で彼が差し出してきた小瓶を見つめつつも、イマイチ釈然としない。昨日が バレンタイン、であることくらいは世間の大騒ぎっぷりからうんざりするほどわかってはいた。 わかっては、いた、けど……

「製菓会社の策略にどうしてわざわざ乗らなきゃならなのか分からないし、しかも、それがどうして、その化粧品につながるのか、まったく意味がわからない、けど?」
「あー。ローションって言っても、化粧品じゃありません。………って。まーいーからいーから 、せ・ん・せ・い、」

 こっち、来て? 小さな子が母親にするように、両手で私の両手を握って。体重をかけて引きずっていこうとする。その行き先は…………この部屋専用のバスルーム、らしい。このまま行くとまずい、と頭は警告してくる…のに。年下の恋人の、そんな風に甘えてくる仕草にはどうしても抗えず。





      *   *   *






 何だかんだと言いくるめられて、気づけば………ふたり、バスルームの中。裸は嫌だ、と抵抗したために、私は、彼がいつの間にか用意していたタオル地の白いバスローブ、彼は腰にタオルを一枚、という格好だ。……一体、何がしたいのだろうか。頭の中を盛大に疑問符が飛ぶ。

「あ。本当に、おいしそうな匂いですね!」
「その匂い……メープル、シロップ?」
「ええ。そうですよ」
「でも、バレンタインはチョコレートが定番なんじゃ……?」
「……まぁ、日本ではそうなってますけど! 僕は、別に、チョコにはこだわりません。」
「それじゃ、」
「で、も!」

 それじゃ、別にチョコを買ってなかったからってどうこう言われる筋合いはない、と切り捨てようとしたのを強い口調で遮られ。

「恋人からのプレゼントが、何にもないなんて、寂しすぎでしょう!?」

 そんなに…強い口調で主張するほどのこととも思えないけど??

「……そ、んな……こと、………いちいち、日本流商業主義に本来の趣旨を捻じ曲げられた欧米の宗教がらみの行事に無宗教の日本人が踊らされる必要はないと思う。」

 思わずありのまま思ったことを口にすれば、はぁ……と一旦深い溜息と共に、がっくりと項垂れた相手は、いや、もう、だから!と顔を上げると、じっとこちら睨んできて。

「……先生の主義主張は尊重します。確かに、女の子からチョコレートを送って愛の告白をする日、という、いかにも日本らしい企業戦略とマスコミの煽りに載るのが嫌だと言う、その気持ちはわかります。で・す・が!」

 その、いつになく強い視線にちらちらと浮かぶ、傷ついた色に、ああ、それほどひどいことをしてしまったのか、と途端に何故だか非常に申し訳ないきがして。

「ごめん、」

 ついつい、彼が不憫に思えて。謝罪の言葉を口にすれば、

「じゃあ、プレゼントのかわりに、僕の言うこと、きいてくれますよね?」

 途端にきらきらと瞳を輝かせて言うのが、うっかり…かわいい、とか思ってみたりして。… ……とにかく今日は、大人しく彼の言うことを聞こう、と心を決めた。






     *   *   *






「ほら、こうして……」
「っ、…っっ…!!」
「ちょっと冷たい、ですか?」
「…ん……すこし………だけ……なんか……」
「なんか?」
「変な感じ……っ、た・かっ、ふみっ……く……っひゃ、…や、め、」
「…………ん、確かに、メープルシロップ味だ」
「やっ…そこっ、やめ……」
「ふふ、気持ちいいでしょ? ほら、このぬるっとした感じが、また、」
「ぁ……んっ」
「ほら。ここ、も。そういえば、れいちゃんのここってチョコレート色だし。んーおいしそう♪」

 とろりとした感触のそれをたっぷりと垂らされた胸の尖りをぱくりと口に含んだ彼は、満足気だ。結局……これ、塗りますから脱いでください?と言われて、バスローブは脱衣所に逆戻りしてしまった。その、食べられるローションだというシロモノ……確かにとても美味しそうな匂いがする、け、ど……っ

「んぁっ」
「ここ、こんなに、なってますよ?」

 腰から太腿の辺りをさまよっていた彼の指が、いきなり……するり、と入り込んだ先は……自分でも自覚があるくらい、……その、……

「ローションなんかなくても、十分ですねー。もう、こんなに濡らして……」

 れいちゃんのカラダ、えっちだね、もう、待ちきれないの?

「でも、もうちょっと待ってね。ね、右手だして?」

 何をするつもりかわからないけれど、とりあえず言われたとおりに右手を差し出した。はい、どうぞ、と広げた掌に乗せられたのは、先ほどから甘い香りをさんざん撒き散らしている、液体で。これを、一体どうしろと? そう思って、見上げれば。本当に嬉しそうに笑う、顔があって。

「これで、こうし、て……ぅっ」

 やっぱりけっこう冷たいですねー、とか言いながら…………握らされたモノは、熱い、太さも硬さも……他の成人男性、のは見たことがない、けど……いつも一緒にお風呂に入っていて見慣れている、3歳の甥っ子のものとはまったくの、別物で。とっさに手を引こうとしたのを、そのまま彼の一回り以上大きな、手に握りこまれて一緒に……上下、させられて……あまりの羞恥に目を閉じて俯いた。





「ね。舐めてみない? おいしいよ、」

 甘くて。……俯く私の肩を、そっと、押しながら、彼の囁く声が耳に聞こえた時には。……すでに、その先端を濡らした甘い香りの液体に舌を伸ばしていた。幹に絡み付いている甘い露を夢中で舐め、啜るたびに、頭上から降ってくる艶めいた溜息と声がもっと聞きたくて……その先端を口に含んだのも、ほとんど無意識だった。

「っん、」

 途端に口の中をいっぱいに満たしてきた、彼の質量に、どうしたものかと躊躇いつつ、舌を這わせ、顔を上下させ………て…みた。

「…ぐっ…っ…んっ」

 少し奥に入りすぎた、と思った。途端に襲われた吐き気……。あ…だめ、……かもしれない……きもち、わる………iyada……突然、せりあがってきた不快感に自分でも戸惑う。何かわからないけれど、脳裏に浮かんだおぼろげな、何かが。……私を不安にさせる。

「…う…っ」

 吐きそう、かも……そう思った。けれども、その瞬間、すっと私の口の中から彼が引いてくれ。おかげで……何とか最悪の事態は免れた。助かった。

「…げ、……ほっ……ご、…っ ごほごほごほ……っ」

 むせって咳き込んで。荒い息がまだ整わない私を、ふんわりと抱きしめる腕に、思わず縋って崩れ落ちた。

「……ごめん、ね。無理、させた……ありがと、」

 目尻に溜まっていた生理的な涙に、軽く落とされたキスがやさしくて。そのまま顔中に送ら れた啄むようなキスは、最後に唇にたどり着き。……甘い甘いメープルシロップ味の蕩ける ようなキスになった。






   *   *   *






「……だめぇ………貴、史く、っ……やぁ……っ」

 あれから、ローションを洗い流そう、と誘われてうっかり一緒に入ってしまった湯船で一度抱かれた。それから……半分朦朧としたまま、このベッドに連れてこられた。……身体が燃えそうに熱くて。奥が疼いてどうしようもない。けれど、

「は、ん……ぁ……あっあっ、」

 ……疼いているところを、寸分違わず突き上げられれば、その度に、意志とはまったく関係なく、思わず零れてしまう甘すぎる、自分の声が……耳を塞いでしまいたいくらい、恥ずかしい。

「おね…が……ぁ……あっ、」

 先ほどの気遣いとは打って変わって、今度は。こちらの必死の声はすっかり無視。遠慮なく駆け上がらされて、震える身体をどうにか保とうと彼の腕にしがみついた。

「もっ……………あ、あ、ぁうっ……やめっ」

 やめて。お願い。これ以上、無理。――さっきはあんなにあっさりと引いてくれたのに、今は、まるで……こちらの限界なんか知っててわざとそれ以上を与えようとするような、そんな容赦のなさだ。どんなに泣いて懇願しても……

「かわいいですよ。れいちゃん、最高♪」
「…やっ…… いやぁ……たか……み、く……」
「いや、じゃなくて、っ気持ちいい。……でしょ?」

 もう、本当に限界だからっ なにがどう限界かといわれると困るけど。
 でも、っ……

「……あぁっ…………だめ、…っ」
「だめ、じゃなくて、もっと、って言って?」
「……うっ、ぁ……やぁ……ふみ、……っ」
「きもち、いい?でしょ、ね、」

 ほら、いいって言ってごらん? れいちゃん。耳元で、ゾクゾクするような声で、そう囁かれて――私のどこかで、ふつり、と何かが切れた……のだと思う。

「い、い……ぁ、きもち、…い………っふみく、…………っ、…」

 思い出すだけで赤面するような言葉を、彼の望むままに――叫んで、縋って、悶えて――泣きながらいつか意識を手放していた。






   *   *   *






 ゆったりとした、美しい旋律が聞こえてくる。……なんという、曲だろう。


 まだどこからか、仄かにメープルシロップの匂いも漂ってきている。瞼が重いし、身体もずっしりと重い。ふわふわとした気分で、うっとりとピアノの音色に耳を澄ませば、それは……きっと彼が弾いているであろう、やさしくて繊細な、音。


「……ん…?」

 気づけば、いつの間にかピアノの音は止まっていた。やさしく髪を梳かれる、うっとりとした刺激に意識が急に浮上して、重たい瞼を上げれば、

「れいちゃんって、本当に泣き虫、」

 そう言いながら、嬉しそうに笑いかけてくる顔がドキドキするほど、綺麗だ。きっと私は……泣いた後の悲惨な顔に違いない。そう思うとむっとした。だから。

「うるさい。」

 誰のせいだと思ってる、そう睨みつけ。――えっと。ごめんなさいっ!あの……もしかして……怒ってます? 途端に情けない声を出した彼の顔に両手を伸ばして、

 ……思いっきり、遠慮なく、変な顔にしてあげた。

「いだだ……だ………へ〜〜いひゃ〜〜んっ(涙)」
「薔薇の花、100本」
「ひゃい?」

 それが本当に割に合うことなのかどうかわからないけど。咄嗟に思いついたので、言ってみた。本気に取るかどうかは、わからないし、実際問題100本ももらってどうしようというのか自分でも良くわからないけど。それに、しても……

「……ホワイトデー。たしか10倍返し、が基本だとか?」
「え” 10倍……ですか?うわぁ、それは初耳、」

 でも、まあ、それがお望みなら、全然僕は構いませんけど、出来れば何か形に残るものがいいんじゃないかな、と思ったんですけどねー

「ほら。」

 こういうのとか。そう言って差し出された掌には……シルバーに輝く、リングが、ひとつ。

「え。……」
「本来のヴァレンタインは、愛する人に感謝と愛を伝える日ですからね」

 だから。……僕から、愛するれいちゃんに。するり、と、当然のように。左手の薬指に収まってしまった指輪……やられた……と思った。彼はいつも、こうやって。私を驚かすようなことをするのだ。そういえば……あの時も、あの時も……



――10倍返し、期待してますよ?



 くすり、と耳元で笑われ。
 私の負けず嫌いに火がついた。けれど……思えばこのときすでに、彼の次の計略は始まっていたのだ。ただし、それに私が気づくのは、まだ先のこと。













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