The last ...?     K










 嫌な汗が、背中に滲む……。

「…証、拠……?」
「そう、証拠。……えと、あの……一番決定的なのは、淫行、の、ね。…………って言って………僕の言っている意味、わかる?」

 淫行、……って?……あ。
 言われた言葉の意味を悟ったと同時に、顔が火を噴いたように熱くなった。思わずこのまま……ここから消えてなくなりたいと、本気で願う。――そんな都合よく願いが叶えられるわけがないけれど……。

「木村貴史は、18歳未満でしょ。だからあいつと……その、…そういう、行為をするのは、法律で罰せられる、んだよね。んで、まぁ、……その、いろいろと…あった人がいるってことなんだけど…………あーもぅ! ごめん、こんな話……」
「…………」

  頭が、きーん、と鳴り、目の奥からじわじわと頭痛が広がっていく。
 微かな吐き気も胃の辺りに溜まってきていて……明らかにこれは良くない兆候……だ。
 こんな高級レストランで、みっともない粗相なんかしていはいけない、そう自分に言い聞かせ、眉間に力を入れ、唇を噛んで。何とか嫌な気配を、凌ぐことに全神経を集中させる。そのため無言になってしまったのをどう解釈したのか、目の前の同僚は、一呼吸置いただけでこちらの返答を待たずにさらにしゃべり続けた。

「でもさ、……ええと、ほら、望月さんはすでに三ヶ月どころじゃなくて、2年ちかくも彼の家庭教師として続いてるんだし。……あなたが家庭教師としてついてから、彼もずいぶん変わってきてたようじゃない、」

 その、周りの評判とか、さ、そう苦笑気味に言われ、確かに、と納得しつつ、居た堪れなさを誤魔化そうとかなり融けかかったバニラアイスを口に含んだ。アイスの冷たさとバニラのふんわりとした甘さが、顔の熱と波立った心を少し鎮めてくれた気がする。

「そういうわけでさ、今までの人たちと望月さんは違うんだ、っていうのは僕の見解。まぁ、あなたが日に日に綺麗になっていくのを見守っているっていうのは、正直心中複雑だったけど、」

 そんなことを言われても…は、恥ずかしい………lっ。

「きっと…望月さんは、特別なんだよ。」
「そう…か……な……」
「うん、そうだと思う。特別、っていうか、恋人、なんだよね?傍から見てても、そういう感じだったし。だから、今日僕が言ったことは気にしないで。ごめん、余計な情報だったよね。」
「……そんなことは……ない」

 確かに、誰よりも長く続いているというのは事実……そして意図的に、だけれども……その一方で、私からは好きだとか愛してるとか、決定的な言葉を彼に言ったことがないのも事実。大体元はと言えば。…………契約書どおり最後の授業を終えたら、彼との関係をすっかり切り捨てようとして――こんなに、苦しんでいる…のでは、なかったか?
 だとすれば、これは余計な情報、というよりもむしろ、私にとっては…朗報とも言うべきものではないだろうか。これまでの関係が、彼のただの気紛れであるなら……私が別れを切り出しても彼が傷つく心配はない。そういうことならば………私の心の痛みも半減する、というものだ。

「それにしても、どうしてそんなに色々と知ってるの?」

 少し肩の荷が下りた気分になった私は、ふと心に浮かんだ疑問をぶつけてみた。

「ああー、それはね、ちょっと興味があったから調べてみただけだよ、」
「…調べた?」
「うん。ウチやあいつのところみたいに、それなりの規模の企業ともなると、採用する人間の身辺調査とかっていうのはほら、日常茶飯事だし」

 人のプライバシーを調べるのが、日常茶飯事なのか……そうだとすると……貴史くんは……そういう調査の結果、は?まさか、

「そういう…調査結果は、彼も、知ってる……?」
「そりゃあ知ってるでしょ。親子でグルだって、僕が話を聞いた数人は確かにそう言ってたし。後から考えてみれば、そういう調査の結果を巧妙に利用して……って!?…………ちょっとっ、望月さんっ、どうしたの!?」

 必死に叫ぶ声が聞こえたけれど、もう後先など、考えていなかった。
 考えるより身体が動くということが本当にあるのだということを、私はこの日、初めて経験したのだった。









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