The last ...? B
――とうとう。二度目の冬が来てしまった。
「あと……三回、か」
先ほどまでの余韻で重だるい体を支えるように氷のような鉄製の柵に手をかけながら。背後にそびえる木村家の屋敷を振り仰いで小さくつぶやいた。
普通に「家」と呼ぶよりも、屋敷と言ったほうがしっくりくる住まいは鉄筋4階建て。都心にしては贅沢な緑に溢れた庭をコンクリートの高い壁が囲っていて。いつも私が出入りしているのはひっそりと裏にある勝手口だ。
小型のマンションのように見えるお洒落な外観のせいで、初めてこの家の前に立ったときは、道を間違えたのかと不安に思ったものだった。けれど実際に、ピアノのために防音の施された教え子である次男・貴史くんの自室……というより居住空間には、グランドピアノを置いてさえまだ余裕の広さの寝室兼勉強部屋の他に、専用のバスもトイレもあり。さらにご丁寧なことに簡易キッチンまでついていて。入り口が共用する玄関に通じている以外、そこは丸きり独立したワンルームマンションのような作りになっているのを知ったときには、驚き以上に、ああそれでか、と妙に納得したことを覚えている。
「最後まで……もつ、かな……」
契約では、彼の第一志望の合格発表日が最後の授業。だから、あと三回で。
スキ……ダイスキ……アイシテル………まだ一度も伝えたことのない言葉たちが、ぐるぐると体中を駆け巡っては胸を焦がす激痛に泣く日々とも、さよなら、だ。
盗聴器が仕掛けられていると知っているくせに、彼に触れられて強請られれば、もう、心も体も抗いきれなくて。思わずあがりそうになる声を、震えるほど奥歯を噛み締め、血が出るほど唇を噛み締めて堪えながら。体を重ねた日々も……終わる。
漸く、この地獄から抜け出せる。この、この上も無く甘美で、容赦が無くて、惨たらしい日々から開放される。
けれど……
「……もう、さすがに、限界……」
きつく目を閉じて、誰にも聞かれないように弱音を呟いて。思わずしゃがみこみそうになる足を叱咤しながら、彼の家から駅までの道のりをふらふらと歩く。それでも。家に戻るまでには、いつもの私の戻らなくては。あの子達――他の男とブラジルに帰ってしまったらしい妻を追って失踪してしまった兄の子供たち――茉莉香(まりか)と龍斗(りゅうと)が待っている。
私は、平気だ。何も、大したことじゃない。恋愛なんて馬鹿馬鹿しくて考えられないような……元の生活に戻る、だけだ。幼い姉弟の、母親代わりの日々に戻るだけだ。
ああ……でも、その前に。
彼との関係を、終わらせなければ。
もうセリフは考えてある。もう何度も頭の中で繰り返してきた。あとは……淀みなくそれを言い切るだけでいい。
モウ、レンアイゴッコハオワリニシマショウ。ワタシハ、アナタナンカ、ゼンゼンスキジャナイ。イママデアナタノコト、イチドモスキダトモアイシテルトモイッタコトハナイデショウ?ワタシハネ、タダ、オカネガホシカッタダケ。マリカノタメニ、オカネガ、ヒツヨウダッタダケ。
そう言って。
笑って、見せる。
これまでの辛さに比べたら……これくらい、なんでもない。
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