The last ...? (34)
「レイーっ!早く起きなさ〜〜いっ!!」
今日はマンハッタンで買い物するって言ったでしょ? シャワーの音に乗って、朝に似つかわしい明るい声が聞こえてきた。……けれど。
「う゛……」
動けない。身体が……鉛のように重くて上半身を起こすだけでも普段の3倍くらいの労力が必要のようだ。
「………買い物くらい一人で行けばいいのに」
ふぅ、と溜息をつきながら何とかベッドから降りた。というか、落ちた。……なんだ、これ。まるで冗談のように……下半身に力が入らない。腰が立たない。
「どーしたの、レイ? ははぁ〜ん、もしかして……腰が立たないのね」
その金色の髪から雫を滴らせながら、ディーがバスタオルも巻かずに部屋に現れた。豊かなバストにくっきりくびれた腰、思わず目のやり場に困って視線を逸らしたせいで顔の表情は見れなかったけれど。彼女の声にはあからさまにからかいが含まれていて――この状況を楽しんでいることが明らかだった。
そもそも。私がこんな風になっている原因は、どう考えても……ひとつだけだ。あの時嫌な予感がした通り、昨夜はさんざん啼かされて、気を失うまで……何度も昇らされた。それでも許してもらえなくて、身体を揺すられる刺激でまた目が覚めて……
『お願い……っ…おねが…いっ……も……ゆるしっ……てっ…あぁ…やぁ…ディー……もう、や、ぁんっやぁあ……ぅ』
脳裏にフラッシュバックした恥ずかしい自分の声を打ち消したい一心で、
「う、うるさいっ!!いったい誰のせいでこうなったとっ!?」
振り仰いで悪態をついても、、
「それは、わ・た・しのせいに決まってるじゃなぁ〜い。レイったら、昨夜は、あんなに可愛かったのにぃ〜〜そんな怖い顔して、うるさい、だなんて。ひっどいわぁ〜〜」
全裸の首にタオルをかけただけの姿で堂々と部屋を横切って近づいてきたディーは、依然として余裕の表情だ。
「……酷いのは私じゃなくて貴女でしょう」
なんだか自分ひとりが翻弄されている気がして悔しくて。私が彼女に勝てることなど何もないと思い知らされたようで……また憎まれ口を叩いてしまった。それなのに。
「ふう〜ん……でも、そうやってヘタってるレイっていうのも新鮮で可愛いわねぇ。庇護欲をかきたてられるわ」
年上の恋人は、こんな私を可愛いという。……ホント変な趣味。
「うっわっ!ちょっと、あぶなっ!」
「だ〜いじょうぶよ〜レイなんてかぁ〜るいもの♪」
「いい!自分で歩くからっ!!」
「こらっ、じたばたしないのっ」
「わっ」「きゃ」
お姫様抱っこというやつをされていた体勢のまま私が暴れたせいで、……二人一緒に倒れてしまった。
「あ〜も〜何するの!……危ないわねー。ま、落ちたのがとりあえずベッドの上でよかったわ」
「ディーが無茶するからっ」
「じゃなくて!無謀なのはアナタよ!こういう時はね、素直に恋人に甘えておけばいいの」
(素直に……)
そう改めて言われて、また私はなんともいえない気持ちになる。素直になる……それは私が一番苦手なことだ。それに……それに私は……本当に、彼女の恋人といえるのだろうか。その資格が……あるのだろうか。彼女を、愛している、と元夫に言い切れない私が。
「もうっ、せっかくのオフなんだから、朝からそーんな難しい顔しないの。」
「……難しい……かお」
「そうよ。鬼支店長に企画書をつき返された部下みたいな顔してる」
「……なに、それ(一体どんな顔だ)」
「もう!眉間に皺寄せない!……癖になるわよ?っていうか、皺が残っちゃうわよ、」
せっかくの美人が台無し、そう言いながら、彼女の指が優しく頬を滑る。至近距離で見つめあう瞳は海よりも深い青をしたブルーアイズ。……ひきこまれて、しまいそう……
「もう……ぼーっとしちゃって。ほんとに一人で、大丈夫なの?」
「…大丈夫」
「でも……怪我なんかしたら困るから、やっぱり一緒」
「やだ」
「やだって……あーもーっ、ホントにかわいいんだからっ!」
「は、い?」
かわいい、と叫んだ彼女に熱烈にキスされ、何がそんなに“かわいい”のかイマイチ釈然としなかったけれど。じゃあ、無理はしなくていいけどなるべく早く支度してね、と言いながら首にかけたタオルで髪を拭き始めたところを見ると、どうやら一緒にお風呂というのは諦めてくれたらしい……。
「はぁ」
つい溜息が出てしまった。年上で同性の恋人は、無条件に私を甘やかしてくれるけれど、基本的にはこんな風に振り回してくる。まぁ、それも嫌ではないのだけれど。
「……ひとりで行って来ればいいのに」
思わず零した本音に、さすがに今のは拙かったかな、と、ぎょっとした。けれど、どうやらその呟きはディーに届いていなかったらしい。機嫌よく鼻歌を歌いながら、受話器を片手にルームサービスのメニューを選んでいるところだった。
(良かった)
ほっとして胸をなでおろした私は、先ほどのように転んだりしないように細心の注意を払いつつ、壁伝いでバスルームに向かった。
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