The last ...?     (35)









 本当は湯船に浸かってゆっくりと身体を解したいところだが、そんな時間も体力もない。仕方なくシャワーを軽く浴びるだけで我慢し、一通りの身支度が終えて部屋に戻れば、微かにコーヒーの良い香りが漂っていた。

「ディー?」

 部屋の中央に据えられたテーブルには何も載っていない。そこにあるはずのディーの姿も見当たらない。

「こっちよ、レイ!」

 呼ばれた方向を見れば、コーヒーのサーバーを片手にしたディーがテラスにいた。ルームサービスの朝食もそこに置かれたテーブルの上に行儀よくセットされているのがみえる。

「今日は本当に良い天気。そうそうレイは、カフェオレだったわね」
「……ああ、うん……」

 満面の笑みで、カップを差し出されたのを受け取って一口含んだ。さすが高級ホテル。良い豆を使ってる……。

「おいしい?」
「ん」
「よかったわ。さぁ、冷める前にいただきましょう」
「今朝はまた、ずいぶん機嫌がいいね」
「そりゃ、そうよ。あなたの完璧な資料のおかげでプレゼンも上手くいったし、何より可愛い恋人と久しぶりのショッピングなのよ!?し・か・も、我が愛しのニューヨーク!盛り上がって当然でしょ」
「そう…」

 ショッピングでわくわくするという感覚が未だによくわからない私には、ディーのはしゃぎっぷりがどうも理解できない。でも、彼女が嬉しそうに笑っているのは、好きだ。ビジネスの現場では決して見せることのない、敏腕経営コンサルタントの顔を脱いだ無邪気な子どものような笑顔。

 少しでも私の存在が、貴女を幸せにできているなら、いいと思う。世間的には、認められない関係だとしても。……どこか曖昧で、いつまで続くのかわからない関係でも。

(今はまだ……あなたの側にいても、……ここにいても……いい?)




 遅めの朝食の後、珍しくはしゃいだディーにあちこち連れまわされ、気づけばもう夕方だった。

「もう……いい加減にしないと、飛行機に乗り遅れる!」
「大丈夫よ。出発は夜9時だもの」

 しれ、と言い返されて反論できないことに、つい、むっとしてしまう。確かに、ここニューヨークは彼女のホームグラウンドで、私のような右も左もよくわからない人間が心配しても始まらないのだとわかってはいるけれど。

 そもそも今回の出張の表向きの行程は3日間だった。つまり、行き帰りの飛行機の都合で3泊5日の旅になるはずだったところを、ディーが半ば強引にオフを一日追加したために4泊6日となっていた。日本への到着は日曜日の予定だから、ずれたら月曜日まで休まなければならなくなる。そんなことになったら同僚たちに迷惑がかかってしまうのは目に見えている。他人に迷惑をかけるのは…嫌だ。

 すでにホテルのチェックアウトは済ませてあるし、空港までそれほど遠いわけでもないけれど……ラッシュに巻き込まれたら、と思うと、私は気が気ではない。

 けれど、ディーは余裕の表情で相変わらずの上機嫌だ。

「さあ、次が最終目的地よ」

 そう言ってタクシーで連れて来られたのは……空港ではなく、高層マンションの一室だった。

「ここが?」
「ええ。そうよ♪」

 モデルルームのようにニューヨークらしいモダンなインテリアで統一された部屋は、大きな窓から差し込む夕日でオレンジ色に染まっていて、なんだか懐かしいような温かい光景に思えた。オフホワイトと白木、メタルとガラス……清潔感のある組み合わせはディーの好みだ。程よくカラフルな色彩があちこちに散っているのも、彼女の東京の住まいを思わせる。

「もしかして……」
「さすがレイ、察しがいいわね。ここは私のマンションよ。……来月、こちらに戻るわ」
「え?」

 ……こちら、に、戻る?

「びっくりした?」「アメリカンジョーク?」

 私の質問に、悪戯っぽく笑いながら両手を広げて肩をすくめる彼女。困ったことを肯定するときの、お決まりのその仕草に、それが本当なのだと理解した。

(来月、ニューヨークに戻る?……ディーが?)

 私の前から……いなく、なる……?











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