The last ...?     (36)









――ディーが。……ニューヨークに帰ってしまう。

 そんなこと……わかっていたはずだ。この3年間、頭の隅で、いつか必ずそんな日が来ることを覚悟してきたはずだった。

 そもそも同じポストに同じ人間がずっと居座り続けることは経営上好ましくない。ましてや私たちの会社は、ニューヨークを拠点としつつ世界中に支店を展開する多国籍企業……同じポストに3年というのはほとんどタイムリミットに近い年数だ。むしろダイアナほどの人材であれば、ヘッドハンティング他社に引き抜かれることさえ日常茶飯事。そんなことになる前に別のポストを用意され、早々に移動させられてしまうことだって珍しくもない。

(何を今さら……)

 驚くほどのことはない。それに1ヶ月後に移動というのは、引継ぎにあまり時間をかけない外資系企業にしては余裕があるくらいだ。

(あと……1ヶ月で、会えなく……なる…)

 ダイアナは……ニューヨークに、元居た場所に戻るだけだ。極東の小国である日本なんてちっぽけな舞台よりも、広い世界につながっているこの街のほうが彼女にずっと相応しい。世界経済の中心地であるこのダイナミックなこの街こそ……「ここ」こそが、彼女の本来の居場所なのだから。

(ああ、だからか)

 だからディーは、あんなに機嫌が良かったのか。彼女がここに戻るというなら…………私たち、は…………私たちの、この関係は……もう…………?






「Congratulations……栄転だね」

 やっと口から出たのは、心の篭らない祝福の言葉と見え透いた作り笑い。

「レイ……」
「それで、後任は決まった? NK社の遠藤部長みたいなのだったら嫌だな。生理的に受け付けないんだ。あの手のタイプは」

(そんなことを……言いたいんじゃない。そんなことを聞きたいんじゃない…のに)

 無理に平静を装って会話を続けようとしている自分が可笑しい。どうせ、きっと……見破られているはず。私の下手な芝居なんか、彼女に通用するわけないのに。口先だけが勝手に動く。

「決まらないわ、レイ。………あのね、違うの。社は、東京から撤退する」
「え…」

(撤退?)

「心配しないで。大丈夫よ、ちゃんと皆の行き先は確保してあるから。でも……あの…ね……レイ」

 そう言ったまま見つめてくる彼女の顔が苦しげに歪んでいる。そう…か。そういう……こと、か。みるみる、血の気が引いていくのがわかる。もしかして……私だけ……行く先が、ない?

「ああ……わかった。私なら大丈夫。自分で何とかする」

 私の立場は一応正社員だ。だがそれは……本当なら学歴不足でアシスタントにさえなれないところを、ディーが無理を通して秘書として雇ってくれたおかげで得ることができたものだ。もともと少数精鋭をモットーとしている東京支社にはOJTで本社からアシスタントが派遣されてくることはあっても、個人的に秘書やアシスタントをつけている者は他にはいない。まぁ、実際には他の人たちの資料や書類の作成も手伝ってはいるけれど。

「ちょうどいい。実はR社から引き抜きの話が来てるんだ。だから…」

 続けようとした言葉は、勝手に震えるのを止めようと噛み締めた唇の奥に、半端に留まったままになってしまった。同時にこみ上げてきた嗚咽で、喉がじんじんする。

「レイ……泣かないで。」

 ぼやけた視界を埋めるオレンジの光の中から、シルエットだけになったディーがゆっくりと近づいてきた。彼女の温かな指が頬に触れて。ゆっくりと涙を拭っていく。覗き込まれたブルーアイズに小さく映りこんだ自分……。呆然とした顔は、かなり間抜けだ。自分がこんな顔をするなんて知らなかった。

「…変な、……かお」

 可笑しくて堪らなくなって笑ったつもりだったのに。いつの間にか私は、彼女の温かな腕の中にしっかり抱えられたまま激しくしゃくりあげて泣いていた。










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