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 なんでも、ない、はず…なのに。


 コートの襟を立て、ごちゃごちゃとした住宅街の舗装もされていない道路を家に向かって急げば、

『僕は、木村家の中でも特殊な立場ですから』

 そう言って寂しげに笑う、端正な顔が瞼に浮かんだ。

『事故で半身不随になり、精神年齢も子供のまま止まってしまった兄の、身代わりに引き取られたんです。小学校一年生の時に。割とよくある話ですけど。……僕は、愛人の子供なんですよ』

 だから、ね。あなたがそんなに自分を卑下する必要なんか無いんです。

『心配しなくても大丈夫ですよ。予定通りに合格したら、改めて先生のことを恋人として両親に紹介しますし、契約のことも何とかしてみせますから』

 出会った頃とは比べ物にならない程の、真摯な情熱を込めた瞳。……思い出したくなんか、ないのに。その強い光を宿した瞳が、脳裏を離れない。

 彼なら……きっと……その気になれば、それくらいのことは出来るのだろう。これまでずっと平気な顔で周囲を欺いて、完璧に「平凡な生徒」の仮面を被り続けてきた彼なら……。育ちの良いお坊ちゃんらしく、何処かおっとりとした雰囲気を纏っているくせに、この私でさえ舌を巻くほどの優秀さと、狡猾さを兼ね備えた、彼ならば。

 この2年足らずで成長した、といえばいいのだろうか。思わず言うとおりにしてしまいたいほどの強さというか、安定感が、最近の彼にはある。きっとこれからは……もっともっと大企業の経営者らしく、なっていくのだろう。彼の、父親のように。





 けれど。私には、無理だ。彼の傍に、居ることは……これ以上、あの家と関わることは…………耐えられない。思わずまた、昨秋の、彼の義理の母親とのやり取りを思い出してしまい……寒さとは別の震えに襲われる。


「……ふみ…く……」


 込み上げてきた吐き気を堪えるため、口元を押さえれば、ほんの微かに残っていた彼の残り香に。…………涙が溢れた。












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