たとえば。

どうして私は、こんな高級レストランにいるのだろう、とか。
どうして私は、この男の言うなりになっているのだろうか、とか。

考えたくない。

今は。

何も……考えたくはない。







The last ...?     E






「ねぇ、これはどう思う?」

 初夏のメニューの試作品なんだけどさ、望月さんがここのオーナーだとしたら、どういう判定を下す?――ことさら真剣な顔つきでそう訊ねてきたのは、紛れもなく先ほどまで周囲が数メートルは引くような厳しい顔つきで容疑者の連行さながらに私を病院へと連れ出し、今はなぜかホテルの最上階のレストランにまで引きずってきた……バイト先の同僚だ。

 連れて行かれた先の病院で下された判断は、単なる切り傷で全治2週間ほど。それなりに傷は深いそうだけれど、きちんと消毒さえしておけば良いという程度のシロモノ……それが大仰にもタクシーで乗りつけ、もう診療時間を過ぎているというのに受付で大騒ぎをした挙句……というのだから。

 若干の笑いと好奇を含んだ医師の説明を待つまでもなく、こちらは赤面しきり、というより穴があったら入りたい、というのはこのような状況を言うのかと身をもって味わっているところだったのに。

 『本当にそんな簡単な処置で大丈夫なんだろうな?このヤブ医者。後で何か異常があったら、訴えてやる、』
 『へいへいどうぞ、お好きなように♪浩平お坊ちゃま〜』
 『……お坊ちゃま言うな!クソ兄貴!!』
 『おいおい。せっかく時間外診療で大事な彼女の怪我の手当てをして下さったお兄様に対して、クソはないだろぉ、』

 ひどいなぁ、もう、とかなんとか…気の置けない男同士の楽しげなやりとりが、いきなり繰り広げられて吃驚した。まさか連れて行かれた先が彼の兄が院長を務める病院だとは。

「…さん………望月さん?大丈夫?……もしかして、具合悪くなった?」

 ああ、そうだった。

 ちょっとだけ付き合って欲しいところがあるのだと言われ、傷の手当をしてもらったのに断るなんて何だか申し訳なくて、黙ってついてきてみれば……どういうわけか、これまた彼の父親が経営しているという高級レストランで新作メニューの試食会になっていたのだった。どうもこのところの寝不足のせいか、ぼうっとしやすい気がする。……ちゃんと質問に答えなければ……こんな豪華なディナーを何の見返りも無しに奢ってもらうわけにはいかない。

「大丈夫……何でもない。……ええと……そ、うだな、…………盛り付けも味も申し分ないと思う。ただ、」
「ただ?」
「メインは、もう少しボリュームがあったほうがいいのではないか、と。……もしくは、価格をあと……500円ほど下げるとか、」
「500円……。んーー、ワンコイン、というのはけっこうな値下げだなぁ。そんなに下げなきゃ、だめ?」
「できれば。女性というのは結局、“お得感”に弱く、グルメだなんだと騒いでいても、根本的に財布の紐は硬い。それに、全体のボリュームがこの程度なら、女性とはいえ余程少食でなければ少し物足りないでしょう。そうなると、」
「女性が納得するようなお得感を出すには、メニュー自体の価格を下げる必要がある、と」

 ええ。今の価格はそのままでというのなら、何かもう少し付加価値をつける、とか。そう言ったタイミングを見計らったかのように出てきたのは、一口大のアイスクリームとケーキ2種が乗ったプレート。どうかな?視線だけで訊ねて来た相手に、

「確かにこれでボリュームは解消されるけど………ちょっとありきたり、かな」

 思わず口をついて出た言葉は、………可愛げの欠片もない辛辣さ。さすがにこんな言われようでは……大抵のことにはいつも寛大な同僚君も頭にきたのだろう。持ち上げかけたフォークを中に浮かせたまま、動きが止まってしまった。数瞬の沈黙が、長い。こんな時は…………どうしたら、いい?










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