〜あるいは、想定外の日常〜





恋なんて、かったるい。
愛だなんて、信じられない。

私が望むものは

望むものは……



――なんだろう?



 Ma petite douceur




「だけどさ。あんたそれって、ひどすぎじゃない?」
「そうかな?」
「そうかなって……あ〜もぉ〜、ホント信じられない子ね!」


 そう言って肩を落とす我が親友を尻目に、私は吸いかけの煙草に意識を戻し、ふぅと高く紫煙を吐き出した。

 目の前で、上品にサラダを食す庵原奈津子(いはらなつこ)は、インド人風な濃い目のオリエンタル顔が印象的な学内でも評判の美人で。けれど見た目の派手さや華やかさを裏切って、性格は至って穏やかで誠実なタイプ。全国から学生が集まるこの大学で、奈津子とは、同じクラス、そのうえ同郷という縁で仲良くなった。ついでに、彼女に誘われるまま同じクラブに所属したこともあって、3年目も半ばを過ぎた学生生活の大半を私はこの親友と一緒に過ごしている。

 それに対して私、西藤真澄(さいとうますみ)はと言うと……。

 昼定食(ご飯はいつものように大盛り)をさくさく片付け、食後の一服をしながら、片方だけつけたままのイヤホンから聞こえてくる音楽にあわせ足でリズムを取っている。奈津子曰く“黙っているとお嬢様”系らしいのだけど――割とお堅い学生の多いこの大学では、眉を顰められてもおかしくないこんな所業が日常化している「変わり者」だったりする。

 もともと周りに合わせてコソコソするのは主義に反するから、やりたいことをやりたい時に、やる。派手な化粧とブランド服をまとった今流行の“女子大生”してるわけじゃあないけど……ちょっと露出の多い、ダンサー系の服装も、はるかランクが上の国立大学を目指していたのに滑り止めのこの大学しか受からなかったという経緯のせいで、成績は黙っていてもトップレベル、というのも、「普通のコ」から見れば相当むかつく対象らしい。奈津子のように美人過ぎて妬まれるのはかわいそうだけど、私のは自分に原因があるのは百も承知。それで陰口を叩かれても、そんなことには目もくれない……徹底的にごーいんぐまいうぇい女。

 『せっかく受験という苦労を乗り越えて勝ち取った大学生活なんだから、思いっきり楽しみたいじゃない』

 かつてそういった私に、

 『そんなことだからクィーンなんて呼ばれちゃうんでしょ』

 真澄は黙ってると、つんと澄ましててとっつきにくい感じだしさ、でも、そういうところも気に入ってるんだよね、そう言って私の拳を唯一かわした男――現在、いちおう恋人の、川村義(かわむらただし)の顔が浮かんだ。



「大体ね、私は、自分より弱い男は、お・こ・と・わ・り・なの」
「それはわかるけど……告白してきた相手をイキナリ殴ることは無いでしょお、」

――って。……人聞き悪いなぁ、もう。

「“殴ってもいい?”ってちゃんと断ったし」

 それに大体、柔道部キャプテンの女、に告白するなら、それくらい根性見せなくてどうするのって思う私は何か間違ってるんだろうか。それとも、あの“鬼瓦”と恐れられ、恋愛なんて論外だと思われてる節のある川村と付き合っているってこと、やっぱり誰も信じてないのかな。



「あ…そ……なの。でもね、女の子に手を上げられて、やり返せる男なんていないんじゃないの?」
「確かにそうだと思うけどさ。反撃しないまでも、とっさに受身も取れない男なんて男として認めたくないし」
「ま、あんたの言いたい事もわからなくもないけどねー」

 そう言って、常人の1・5倍はある大きな黒い瞳で周りの男どもを見渡す奈津子。

「ホント最近の男の子って、なんか男っぽくないって言うか……特にウチの大学の子はその中でもよく言えば真面目……はっきり言えばつまらないのが多いけど。ま、とにかく。今日は正臣さんがリハに来てくれるんだから大人しくしててね? 遅刻しないでね?」

 あ〜、そういえばそうだったっけ。

「ごめ〜ん。私、ダンス部のリハがあるからちょっと遅れる、っていうか、もしかしたら間に合わないかも」

 そう言いながら食べ終わった二人分の食器を手早くまとめてトレーに乗せ、片手にトレー、片手に自分の鞄を掴んで立ち上がった。

「え。ほんと?」
「だから、もし間に合わなかったら、キーボードは誰かに代わりにやってもらって?」
「仕方ないなぁ。……そしたら、みっちゃんにでも頼むわ」

 でも、なるべく早く来てね! すでに背中を向けて小走りに食器返却口に向かった私に、奈津子の声が追いかけてきた。とりあえず鞄を握った方の手を軽く左右に振って了解の意を伝えたけれど、私の頭の中はすでにダンスの振り付けのことでいっぱいだった。








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