Ma petite douceur
                〜あるいは、想定外の日常〜




                        第2話




「そこのステップ、もう一度ね」
「ちょっと! もっと、音よく聴いて!!グラつかないっ」

 パンパン、と手で拍子を取りながら、後輩たちが踊る姿に鋭い視線を走らせる。彼らは大学に入ってダンスを始めた子が多いから、できるだけ簡単で見栄えのする振りをつけているはずなのに……やっぱり基礎的な筋力が不足しているせいか、もたついて見える。あーもーぉっ!

「そうじゃなくって、そこは one and two and three and four で、キメ」

 いい?わかった? たまらず見本を自ら見せて、小首を傾げてにっこり笑ってみせたのに……場の雰囲気が一瞬にして凍ったのを感じて、心の中で脱力した。

(ま〜ね〜。鬼振付師、と影で呼ばれてることくらい、知ってるけどさ)

 確かに大学のクラブなんてお遊びかもしれない。それでも、舞台に立つからには単なる自己満足だけじゃなく。下手は下手なりに、それぞれがダンスに込めた自分の想いを観客に伝えようとする真剣さがなければならない、と思ってる。そのためには、できる限りの努力だけはして欲しい、と思うのは親心ならぬ、センパイ心って奴なんだけどね。

「泣いても笑っても。本番の後夜祭まであと2日なんだよ?」

 わかってるならもうちょっと気持ち入れて踊って。そう言い放った私に、素直に肯く子、反抗的な態度の子……は皆無……だ。この素直さ、まったくいいんだか悪いいんだか。ま、とにかく、がんばってもらうしかないよね。

 ラジカセのテープを巻き戻しつつ、別パート担当で休憩を取っていた連中にも集合をかけた。

「は〜い、皆集合! 本日のラスト、通し行きますっ!!」





 結局、ラスト1本のはずが3本をこなし。
 全体練習が終わった後、コウジと二人で踊る曲の最終調整をして。終わってみれば、すでに夜の9時だった。それでもまだ、学内のあちこちから設営の準備などに追われている学生たちのざわめきが聞こえてくるのは、明日が大学祭の初日だからだ。

(毎年毎年、よくやるよなぁ、皆。)

 ふ〜〜、と大きく鼻から息を逃しながら壁際に座り込んで生協の袋からペットボトルを取り出した。

「何とか間に合いそう、だよね?」
「んー。」

 へばっている私の隣に腰を下ろしたコウジに、500ミリリットル入りのスポーツ飲料を一気飲みしながら肯く。ふぁあ、生き返る。

「頑張ったもんな」
「まぁね。おかげで軽音のリハ、行けなかったけど」
「学祭の度に、苦労するよね。エミリィも」
「ま、掛け持ちでクラブやってるんだから仕方ないけど」

 どちらかだけを選ぶ、ということもできないし。それが私の甘さだって、奈津子は言うけど。どっちも好きなんだから、少々体がきつくてもそこは想定内だから別に大変だとは思わない。

「ねー、コウジ」
「なに?」
「な〜んで、いつも私のことエミリィって呼ぶの?」
「うーん、何でかな。」

 でも、そんな感じがするんだよなー、ううん。でも何でだろ? 天井を向いて真剣に悩む顔をした相手に苦笑した。

「まあまあ、そんなに悩まなくても」
「エミリィが聞いたんじゃん」
「あはは。ちょっと気になって。じゃ、私、バイトがあるから行くね〜」
「うへぇ。今から?」
「うん。10時から」
「また朝まで?」
「まっさかぁ。今日は2時で上がる」
「そうだよな。さすがに8時間ぶっ通しで踊りっぱなしの後じゃ、」
「いくら私でも倒れるって」
「そりゃーそうだ。車に、気をつけて!」
「ん、明日ね!」
「明日はダメ出し7時だよ?」
「うん。場所は体育館だっけ?」

 違うよ、野外ステージ、リーダーが間違えないよーに、と苦笑され、あそうか、ごめんごめん、じゃあね、明日ね、と手を振ってコウジと別れた。

 どのクラブも現執行部はこれが最後。ダンス部も現部長であるコウジを中心にやるのは、この大学祭のステージが最後だ。これから本格的な就職活動に入って普通に就職する学生が一般的な中、コウジは卒業後、ニューヨークにダンス修行に行くことを決めている。本格的にプロのダンサーを目指しているのだ。それだけに、この最後のステージには力が入っている。

『なぁ、エミリィも一緒に行こうよ』

 バイト先に向かって自転車を漕ぎながら、コウジとの会話が頭を過ぎっていく。

『絶対に才能、あるって』
『そんなこと言ってぇ。サチ、だっけ? コウジの彼女に恨まれるのは私、嫌だもん』
『でもさ。もったいないって』

 ブラウン先生も、エミリィなら紹介状書くって言ってたし。そう言って瞳をきらきらさせていたコウジ。うん、そうなんだ、本当はわかってる。「才能なんて全然ナイ」、とか殊勝なことは言わない。音楽を聴いて感じたことを身体を使って形にする、という意味で、私は他の人よりも少しだけ才能に恵まれたらしいってことくらい、わかってる。1年生の頃から振付けに携わるようになったことからも薄々感じていたし。顧問で、昔はオフブロードウェイでスタジオを持っていたこともあるというブラウン先生の言葉が信じられないわけでもない。

 それに何より。私は踊ることを愛しているから。本場でプロのレッスンを受けられるなんて、本当に魅力的なお誘いなのは確かなんだけど。

 でも……なぁ……。







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