第13話
結局、奈津子とは肝心な話はほとんどできず。
そして、またもや……
「一人で帰れますから、大丈夫です!」
「いや、だめだよ。こんな遅い時間にひとりで帰るなんて、」
私をアパートまで送ると主張する畑森さんと、店の前で押し問答中だったりする。
「もう、絶対にさっきみたいなこと…とかしないから。……ね?お願いだから」
女子大生を狙った事件が最近この近所であったって言うし。……そう言って、私を見つめる彼の瞳は真剣そのもの。
――確かに、小さい扱いではあったけど、この近所でバイト帰りの女子大生が暴行される事件があったという報道があったのは事実だ。
そこまで言われちゃうと……無碍に断る訳にもいかない…気がしてきた。
まぁ大体、一晩一緒でも何もなかったんだし。そう簡単に理性が飛ぶようなタイプにはどうしたって見えないし。さっきのキスは……よくわからないけど……きっと彼にしても事故みたいなもの……なのかも……?
「……わかり、ました」
「じゃあ、こっちに車まわして来るから、ちょっと待っててね」
どことなく嬉しそうな顔をした畑森さんが運転席から軽く腕を伸ばして開けてくれた助手席のドアに滑り込むと、車は滑らかに発進した。
(この人に、プロポーズ……されたんだよなぁ。さっきは、強引にキスされちゃったし)
それなのに、なんだか妙にこの助手席に慣れてしまって落ち着き払って座っている自分が怖い。この先どうしたものだろうか……とか思いつつ、ちらっと盗み見た横顔はやっぱり魅力的だ。
話をしているときの人の良さそうな穏やかな表情や、笑ったときの屈託のなさとは少し異質な、鋭さと厳しさを孕んだ顔に心拍数が上がる。
(一応、これでも彼氏持ち……なのになぁ)
こういう時に限って、普段はほとんど思い出さない男の顔を思い浮かべてみようとしたけれど、ぼんやりとしか思い出せない。そういえば、川村からの告白で付き合って数ヶ月。デートなんか片手で足りるしかしてなかった。そんな時でも、甘い雰囲気になるどころか、どちらかというと男友達のノリで。
こんな風に……どきどき……とか、したことなかったかも。
畑森さんが私のためにソルティードッグのおかわりを取りに言ってくれている間に、奈津子が耳打ちしてきた。
――彼のこと、狙ってた女子がたくさんいたらしいわよ。
――ふ〜ん、そう。
確かに彼は、奈津子の言葉が素直に納得できるレベルだと思う。
背もそこそこ高いし、細身のようでいて意外にがっちりした上半身をした、いわゆる逆三角形の体形はどんなファッションも着こなしてしまう。
少し癖のある髪と二重の大きな目は少し色素が薄く、どちらかというとあっさり系の私とは違う、色の浅黒い濃い目の顔立ち。奈津子とはまた違うけど、ちょっとオリエンタル?ま、とにかく華のある容姿だということは間違いない。
――でもね、学生時代の彼って女の子に全然興味がなかったみたいで浮いた噂ひとつなかったらしいのよ。それで一時期、周りからは、特に仲が良かった正臣さんとの仲を疑われくらいなんだって。
社会人になってからも仕事一筋って感じできたらしいわよって、それはまた……
――ホモ疑惑とは、なかなか面白そうな学生生活送ってたんだねぇ、正臣さんも。
くつくつ笑っていたら、
――あんたね、突っ込みどころはそこじゃないでしょ。
――うわ……怖い顔しちゃって。冗談よ、冗談。ってことは、あんまり恋愛経験とか、ない……のかな?
――だと思うわ。だから真澄に興味を示したことにすっごく驚いていたのよ。それで、何とか協力してやろうってことになったの。
そんなこんなで、正臣さんが私のバイト先に畑森さんを連れてきた理由はかろうじて聞くことができたけど。
(そんな人がどうして私なんか……?)
なんだか……ますます謎が深まってしまった。
「……真澄ちゃん」
ほら、着いたよ。起きて?
「…え、あ……」
ゆるゆると揺り起こされて意識が戻ったものの、一瞬、自分がどこに居るかわからなくなってしまっていた。……目の前に現れた整った顔に、どきり、と心臓が反応し、その瞬間浮かんだのは……ディスコでキスされたときの感触で……
「…っ」
真っ赤になっているだろう自分を自覚するのがいたたまれない。こういう不意打ちにはけっこう弱かったりするのだ。つい…素直な感情が出てしまう。
「ごめんね。……疲れて眠いのに、無理に起こしたりして」
「いいえ!……そんなことないです。私の方こそ、すみませんっ」
また送っていただいちゃって、そう続けた私に、笑いを含んだ眼差しで
「僕が好きでやってることだから、気にしないで」
そう言って、軽くウインクを決められてしまった。う……嫌味なくウインクなんてできる人、初めて生で見た。そう思って固まっている私に気づいているのかいないのか。やわらかい笑顔の畑森さんに、
「……おやすみ」
別れの挨拶がわりに。……出会ってから3度目の、キスをされた。
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