Ma petite douceur 〜あるいは、想定外の日常〜 |
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第12話 ――それは、ホンの数分前の出来事だった。 「う、ぁっ?!」 コウジに、くるくるっと独楽みたいに回転をかけられて、いきなり投げ出されて、正直かなり焦った。これは元の振り付けにはないことで、完全に彼のアドリブ。こういうことには慣れているはずなのだけど……予告無しだったために、ちょっと――というか、かなり吃驚した。 その心の緩みが、思わず口をついて出た変な叫び声と、ちょっと崩れたバランスに滲み出ていた。…………けれど。私としては、何とか体勢を立て直せるはずだった。 ――いきなり飛び出してきた人に、抱きしめられるまでは。 バランスが崩れたままの体をぐいっと引かれて、思いっきり誰かの胸に飛び込んだ私。 「す、すみません!」 とっさに周りの誰かにぶつかってしまったのだと思って謝ったのだけど、そのままぎゅうっと抱きしめられて、驚いた。驚きすぎて、声も出せないままでいたら、さらにその腕は力を増して抱きしめてきた。 ――っく、くるしい……っ 「っっっ!!」 何とか、この息苦しい状態を脱出しようと、がっしり、という感じに私を抱きしめている腕を何とか振りほどこうと身を捩ろうとした。けれど、ますます力が籠められて…… (やだ、もうっ……ほんとに、く、くるし……ま、ずい……落ちる……) 気絶しそうな予感満々……で諦めかけた刹那。 「あっ!ごめっ!! だ、大丈夫?」 力の入れすぎにやっと気づいていくれた大きな体から力が抜け、私は危うく窒息死を免れたことに――ただただほっとした。 (え?!) そして。ほっとして、声の主を見上げた途端。暗い影に覆われたと思ったら……唐突に激しいキスをされて……今度は別の意味で死にそうになった。 (な…んで、こうなるの……) 「…ご、ごめんね……」 ええと、ほんと、あの…………盛んに耳の後ろをカリカリとしながら赤くなって謝ってるのは、いきなりフロアに飛び出してきて物凄い力で抱きしめて私を窒息死させかけ……その挙句、大勢の人が囲んでいたあの場所で……外国映画さながらのキスをしてきた、畑森氏、だ。 「いーですー、べつにーへるもんじゃないしー」 声が平板に冷たくなってしまうのは、私の照れ隠しだとわかっているだろうか。まったく。……まさか……あんな行動にでられるとは思っても見なかった。というか、周りの人たちも驚いていたみたいだ。ほんとに……昼間のプロポーズもそうだけど、紳士然とした見かけによらず、本当に強引というかマイペースっていうか。 「こぉーーーんな衆人環境の中でー、思ーいっきりキスとかされるのぉ、わ・た・し・慣れてますからー」 そう言い放って、汗をかいたグラスに口をつけた。すっかりぬるくなったソルティードッグ。まぁ、飲めないこともないけどおいしくもない。でも、上がりすぎた体温を下げるのに少しは役に立つ気がする。 「えっ?そ…そうなの…?」 かなりびっくりした様子の畑森氏にちょっとだけ溜飲が下がった。――ていうか、普通、そんなこと本気にしないと思うけどなぁ……。あ、そう言えば……、と、出会って次の日にもキスされたことを思い出した。この人にとって、キスってどんな意味があるんだろう? 「まぁ、そんなわけで別に気にしないでください」 少し上目遣い気味に、まだ半分くらい棘の抜けきらない口調なのは……治まりきれない動揺のせい。 「ちょっと、真澄!そんなに畑森さんをいじめないっ!」 二人の間に流れる微妙な空気を見かねた奈津子が割って入ってきた。 「いじめてません。……っていうか、どうして私が悪者になるの?!」 「もうっ。そんな膨れっ面しないの」 気配から、どうやら彼が困りきっているのはわかるけど。 「え…と、ほんっと…………ごめんっ!!」 真っ赤なままの畑森さんは、ひたすら拝み倒す作戦のようだ。さっき抱きしめられているときに感じた、がっしりとした大柄な体を小さくしている姿はちょっと可哀想であったりもする。 (そんなに謝るくらいなら、あんな大胆なことしなけりゃいいのに……) ほ〜んと、なんだかよくわからない……不思議な人……。 |
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