Ma petite douceur
                〜あるいは、想定外の日常〜




                        第5話



「おはよ」
「おはよー、ますみ」

 あ〜〜ら、何だか随分と眠そうじゃない。ね、ね、昨夜はどうだった?部室へ向かう途中、クラブ棟の入り口でばったりと顔を合わせたなり畳み掛けてきた奈津子の、普通の人より1・5倍は大きい真っ黒な瞳は期待できらきらしている。

「え?何の話?」

 またまた惚けちゃってー、今朝、一緒に大学来たでしょ、畑森先輩と。駐車場で見かけたよ、って……。あーあ。よりによってそんな場面、見られてたんだ。

(まいったなぁ〜)

 別に疚しいことは無い、と言いたいのは山々だけど。ちょっと微妙な昨夜の状況を説明する元気はこの疲れきった身体には残ってない。今日がステージ本番なんかじゃなければ、練習なんかサボって昼まで寝ていたいくらいなんだよね、ホントは。

「そーゆーそっちこそ、どうなのよ? 正臣さん、泊まっていったんでしょ」

 思わず反射的にそう返せば、

「そんな解りきった事聞いても面白くないでしょ、」

 って腰に両手を当てて小首をかしげる彼女には妙な迫力がある。はぁ。まぁ、それは確かにそうだよね。そちらは付き合ってすでに1年以上の、誰もが認める「大人」のカップルだもんね。

 他にはさし当たって反撃の手段もネタもなく。何よりも睡眠不足で気力不足の私は、ただもう、早く部室に行くことしか考えられずに先に進もうとしたところを、ぐいっと腕を引かれて。身体が傾いだせいで、少し小柄な奈津子が私の耳に手を当ててナイショ話をするのにちょうど良い体勢になった。

「で?」

 耳元をくすぐる、楽しげな声。で?とは? 問いかけの意味が咄嗟にわからずに、奈津子の大きな黒い瞳に負けじと、こちらも目を見開いて真横にある好奇心いっぱいの顔を見返せば。

「泊まったんでしょ、せ・ん・ぱ・い」

 目を眇めて、に〜〜〜っこり、と笑う美女。完全に、迫力負けだ……。もーこうなったら仕方がない。大体いつまでも答えなければ、それだけ追究が長引くだけだし。ここはさくっと質問に答えてしまった方が良さそうだよね、と腹を括る。うん。それよりも早く練習始めないと……まだ、テンポの速い最初の曲と、3曲目のバラードにあるピアノのソロがちょっと不安だし。

「わかったわかった。教えるから。但し、質問は3つまでね」
「了解〜」
「じゃ、まず1つ目♪先輩とはどこまでいったの?」
「いった、とは……?」
「もー鈍いんだから。キス、とか、それ以上、とかなかったの?って聞いてるの」
「ないない!そんなのない!大体、先輩とは初対面だし」
「一目惚れって言うのもあるじゃない」

 て、ゆーか、畑森先輩は真澄に会うために来たんだよ?

「はぁ?」

 そーいえば、店でも正臣さんがなんかヘンなこと言ってた様な……。

「告白、とか……は?」
「そんなこと………されるわけないじゃない」
「じゃ、なに? 本当に泊まっただけ? それだけ?」
「うん。ウチの客用布団、貸した」

 ほら、奈津子とかが来た時に使ってるやつ。

「ええええ〜〜っ!ほんとーに、ホントなの?信じられな〜いっ!」
「どして?」
「いい年の男と女が一晩一緒に居たんだよ? ふたりっきりで」
「うーん。」

 そんなこと言われても、私は限界まで疲れてたしねぇ……っていうか、本当のこというと、先に寝ちゃったのはあちらなんだよね。コーヒー淹れ終わって、振り向いたら、コタツに突っ伏して寝てたんだよ、気持ち良さそうに。




「ふっ」




 『ご、ごめんっ、僕、いつの間にか寝ちゃったんだ!?』

 今朝の、真っ赤になって慌ててる畑森先輩の、5つも年上とは思えないほど可愛らしい姿を思い出して思わず顔が綻んでいた。

「あ、思い出し笑いなんかしてぇ。やっぱり怪しいわねー」
「ほんと、ちがうってば。大体、何でもかんでも恋愛と結び付けて考えるのもどうかと思うよ」

 クラブOBとしての、単なる親切心で送ってくれただけでしょう。

「ふぅん」
「なんか出張から帰ってきたばかりで相当疲れてたらしいよ」
「そう……」

 なぜか眉をひそめて不審げな顔の親友のことは少し気になったけど。そのときの私は目前に迫っているステージの時間が気になって、それどころじゃなかった。

「さぁ、もう、いいでしょ。質問タイムは終了。」
「もうっ! まだあと質問の権利、2つ残ってるんだからねっ」
「それより本番まであと3時間切ってるんだから、練習練習〜〜」

 そう言ってまだ不満げな奈津子を促すと、私はメンバーが待っていであろう軽音楽部の部室へと足早に向かった。










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