Ma petite douceur
                〜あるいは、想定外の日常〜




                        第9話






「………ねぇ」


――それは、突然の、でも……何気ない呼びかけだった……はずだった。


 少なくとも私にとっては。



 無事に迷子の伝書鳩を飼い主に引き渡したアパート前、埃っぽい小道に、畑森さんと二人並んで、遠ざかる車をどこか放心状態で見送った。

 初秋というには暑すぎる日曜日。燦々と降り注ぐ午後の日差しの中、一歩前に出ていた畑森さんが、くるりと振り向いた。………ねぇ、真澄ちゃんさ、そういった彼の顔は、ここ数日で私の中にすっかり御馴染みとなってしまった、太陽みたいな……笑顔で。



 だから。



 『ボクニアナタノジンセイヲクレナイカナ』



 意味を成さない音の羅列に、私は思わず眉を顰めた。


――ボクニアナタノジンセイヲクレナイカナ??  


「……え?」
「だから、ね。僕に、真澄ちゃんの、残りの人生、くれないかな〜〜、って」


 ごめん、唐突に。そう言って耳の後ろを掻く仕草は、彼の照れた時のクセらしい、とか。何処か他人事のように分析している自分がいたりするのが不思議な気分。……ていうか。それって……つまり……、


「あ、今すぐって訳じゃないんだけど。できれば卒業したらすぐ、とか」


 ああああ……ごめん、ええと、返事も聞かずに先走ったこと言ったりして、そう畳み掛ける彼を前に、私の脳内では先ほどの言葉が繰り返されている。ボクニアナタノジンセイヲクレナイカナ、ぼく、に、あなた、の、じん、せい、を、くれ、ない、か、な、………ぼくに、あなたのじんせいを、くれないかな、



「…ぁ」



 『僕にあなたの人生をくれないかな』


「えええっ!?あの……っ、…え、ちょっと…まって、」 
「ごめん。いきなり……こんなこと言ったりして。あ………そっか。ゴメン。順序がちょっと、違ってたよね。」


 そう言って。軽く瞼を閉じて深呼吸しながら、ネクタイを直す仕草は、この先の発言の重大さを物語っているようで。僅かに不安が広がった。


「エー、。…初めて会ったときから、あなたが好きです。……というより、正臣の部屋で写真を見て一目惚れしてしまいました」

 突然のことで驚くのは当然だと思いますが、って、唐突過ぎますってば。

「僕は……僕は、真剣、だから。ぜひ、結婚を前提にお付き合いしてください。」



「よく考えてみて?」


 じっと真剣な表情で見つめられて。こんな、一生に一度あるかどうか、という場面に……………ああ、畑森さんの瞳って色素が薄いから、日の光に透けると紅茶みたいな色だよなぁ〜〜なんて。

 まるで白昼夢みたいな現実感のなさから抜けきれないまま、私は学園祭たけなわの大学へとペダルを漕いだ。












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