The last ...?     I







 あまりに強く抱きしめられているせいで、息が苦しい。腕を突っ張って強引に抜け出そうにも、きっちり二の腕の部分で椅子の背ごと押さえられているせいで、ほんの僅かに動かすのが精一杯。

「………離して、」
「嫌だ…って言ったら?」
「大声出します」
「いいよ。……声なんか出しても、誰にも聞こえないから、」

 プライベート重視って言うの?ここの個室は全部防音にしてあるんだ、息を耳に吹き込むようにそう囁きながら、耳朶を甘噛みされて思わずびくり、と身を竦ませた。

「耳は元から弱いの?それとも…あいつに開発されちゃった?」

 今度は湿った感触が首筋に落ちてきたと思ったら、チクリ、とした痛みを与えられて、じんわりと広がる恐怖が身体を凍りつかせる。なんとかしなくては……なんとか……

「そんなに硬くならないで、望月さん、」
「……や、めっっっ…」
「…ぃっ、…てっ」

 ごん、と鈍い音がして、目から火花が散ったと同時に身体の拘束が緩んだ。唯一自由になる頭を思いっきり振ったのが、見事に清水君の顔面にヒットしたらしい。一瞬、ひどい怪我をさせてしまっていたらどうしよう、という心配が頭を掠めたが、それよりも、せっかくのこのチャンスを生かして逃げなければ………そう咄嗟の判断で立ち上がったのだが、

「あ、」

 足が。……床面に張り付いてしまったかのように、動かない。それだけじゃない。勝手に…膝が微かに震えて立っているのさえ、辛い。

 本当に、どうしてこうも鈍臭いんだろう。昔から、運動神経や反射神経は人に自慢できるようなものじゃなかった。学生時代に自動車の免許を取らなかったのも、そんな自分が車を運転すること自体が社会に迷惑をかけるようで気が進まなかったからだ……そういえば。免許を持っていないことをバイト先で笑われたときに、最近は電車や地下鉄で事足りるからって車を持たない家庭も増えているらしいよ、そんなことを言ってかばってくれたのも清水君だった……って、こんな状況の時に、私は何を、

「……何を、考えてるんだか」
「ひっどいなぁ〜〜もぅ、」

 思わず独り言が零れ落ちたのと同時に、いつも通りの人の良さそうな明るい口調を取り戻した彼は、痛い目に合わされて怒っている、というより、急な反撃に驚いた……という風情だった……が。う゛わ。口元に血が一筋……滴ってる。唇も、腫れてるし……

「はぁ、もう……っ、冗談に決まってるでしょ、」
「冗…談…?」
「そ。あんまり今日の望月さんが可愛いから、ちょっとからかってみたくなっただけ」

 からかってみたくなっただけって……なんだそれ。思わず私は、血の滲んだ口元をナプキンで押さえた同僚を睨みつけていた。











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