The last ...?     H






 目を閉じて外界をすべてシャットアウトしてしまうのも、心許無くて。自分の握り合わせた両手が微かに震えているのを訳もなく見つめた。――そのまま……どうしていいかわからずにいた私にとうとう痺れを切らしたのか、あるいは、あまりに様子が変な私をかわいそうに思ったのか、

「ねぇ、あいつと、……最近、何があったの?」

 まるで小さな子供に尋ねるときの大人の風情そのままに、清水くんが尋ねてきた。その声が、その、雰囲気が……今の私には優しすぎて……涙がじんわりと溢れてくる。

 …………まずい。こんな状況で、こんなタイミングで泣くなんて、最悪だ。無暗に人前で泣く女は、昔から嫌いだった。それなのに……自分が今、そんな女になろうとしている。最低だ。零れそうになる涙を堪えようと、ぎゅうと眉間に皺を寄せ、ゆっくり深く息を吸い込んで……瞬きを数回……やっと何とかなりそうだ、とほっとしたのも束の間。

「……っ……!」

 背中から突然、温かな体温に抱きしめられて息が止まった。

「言いたくないなら、言わなくていいよ。大体、察しはついてるから。あんなやつのことは忘れて、新しい恋に生きてみない?望月さんなら、頭もいいし、やさしいし、美人で……働き者で、こんなに可愛くて、」

 僕の理想にぴったり、そう言いながら、私よりは二周りくらいは大きな清水くんに、身体全体を覆われるように抱き込まれた。これが他の人ならこの時点で、セクハラだと突っぱねていただろう。けれど、

「ずっと……心配だったんだ。あなたが、あいつの家庭教師をしてるってわかった時から、さ。しかも……気がついたらお泊りデートするような仲になっちゃってるし。」

 すごく……心配だった。耳から心に落ちてくる声は、真摯そのもの。どこにも、からかいの調子も、冗談の雰囲気もなく……ひたすら、温かくて、このままこの腕の中にいられたらどんなに心地がよいだろうかと、考えてしまうほど。けれど、そんなことを一瞬でも考えてしまう自分が情けない。

 こんなに……弱かったのだろうか。私と言う人間は……。





「大学の僕と同じクラスに、木村貴史の…、家庭教師、をした事のあるひとがいて……望月さんも同じ目に遭わされてしまうんじゃないかって、ホント、気が気じゃなかった」

 けれど、続けられた言葉に、思わず感じたのは………微かな違和感だった。

「……ちょっと、待って、」
「なに?」
「同じ目、って……何?今までの家庭教師は……その人は、どんな目に遭った、って?」
「………」

 素直に疑問を口にすれば、相手が背後で固まる気配により一層不安が募った。何なんだ……その沈黙は……? 私の前の家庭教師、の話なんて……そう言えば、彼から聞いたことはほとんどなかった気がする。

「私の前の家庭教師は、……ただ単に、教え方があまり上手くなかったから辞めさせられたと聞いていたけど、」

  違うの、か?答えを促そうと振り向けば、彼の顔があまりに近くて、今さらながら驚いた。咄嗟に身体を引こうとしたのに。逆に有無を言わさないほどの強い力で抱き寄せられ………気づけばその広い胸に顔を埋めていた。








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