The last ...?     O








 《幼い娘リーザをパウロ被告から守るため、母親であったアパレシーダは、被告と争い殺害されたと思われる》

 それが、警察の出した答えだった。

 そして独り残されたリーザは、当然のように孤児院に送られることになっていた。だが、予定されていた孤児院に彼女が到着したという記録は無い。なぜなら、その事件を担当した望月巡査が自宅へ連れ帰ったからである。

――偶然にも、彼は事件の起きる数日前に、当時4歳だった娘のレイカを病気で亡くしていた。

 あの国ならではの大らかさと言うかアバウトさかもしれないが、来る筈だった幼女が連れてこられなかったことで孤児院から警察への問い合わせも特に無かったようだ。恐らく、すでに収容人数以上の子供の世話をしていた施設にとって、逆にそんな事態は願ったり叶ったりだったのだろう。……そして元々戸籍も何も無かったリーザは、といえば、いつの間にか“レイカ”とすり替わっていたようだ。レイカを知る周囲の人間は望月夫妻が言いくるめたらしく、今まで私の耳にこの事実が聞こえてくることは無かった。あの普段無口な父が、どうやって親戚たちを納得させたのか…どうも想像できないが。

――とにかく。そのお陰で、今私は、ここにいる。





 「ma…」

 小さい声がして、茉莉香が胸元に擦り寄るように転がってきた。狭い6畳間に敷いたダブルの布団に、私と茉莉香と龍斗の三人で寝るのがもうずっと日常となっている。そっと…そっと……柔らかな髪に鼻を埋めて、せっけんと微かな汗の匂いが混じった茉莉香の匂いを胸に吸い込んだ。寄り添ってきたぬくもりの柔らかな温かさに、張り詰めていた神経がやっとすこし緩んだ気がする。

「…あったか………い……」 

 茉莉香の小さな身体を片手で抱きこんで…………気が緩んだせいだろうか、突然喉の奥からせりあがってきた熱い塊に、思わず唇を噛んだ。

「…ぅ…っく」

 こうして嗚咽を噛み殺すのはいつものこと。この狭い借家では、部屋と部屋を仕切るものは薄い襖だけだから。こうやって独り、誰にも心配をかけまいと悲しみをやり過ごすのは子供の頃からの習慣だ。

 あの調査書を見せられるまで、私は、まさか自分が養女だなどと考えたことも無かった。けれど……よく思い出してみれば、父と母に思い切り甘えた記憶は無い。

 幼い頃から、私はいつも……両親に対して冷静に接していた。もしかしたら無意識に遠慮していたのかもしれない。とにかく両親に心配だけはかけてはいけない、そう頑なに思っていた。……いや、今も思っている。

 だがその一方で、「私はあんな風にはならない」と強く思っていた。

 『私は、違う。』

 私だけは……この家の中で、この学校の中で、この国の中で……異質な存在なのだと、何度思い知らされたことだろう……。それならば。“どうせ受け入れられないなら”……誰にも負けないくらい強くなろう、と努力した。

 母のように、夫や家族にひたすら仕え、低賃金のパートで働く平凡な主婦――実際はそれほど平和でも平凡でもない人生だっただろうと、今なら推察できるが――には絶対にならない、と心に決めて生きてきた。

 そのおかげで、特待生として大学を卒業し、大手とは言わないまでも望どおりの企業に就職できた自分がいる。傍から見れば、これ以上は望めないくらい順調。









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