『その冷えた指先に R』  
   
(4)



「あー運命を感じるなぁ……」

ぽつん、と点いたウィークリーマンションの部屋の明かりを見上げながら、独り感慨に耽った。
こちらで用意するはずだったホテルの手配を彼女が断ってきたから、どんなところに決めたのか気になっていたけど。

(なんか、らしいや)

望月さんが自ら手配したという滞在先は、円山公園駅徒歩1分のウィークリーマンションで。それは僕と妹の住むマンションから徒歩数分、という近さ。本当になんていうか、些細なことだけど。それでも……彼女との運命を感じずにはいられない。

(まだ、全然、僕のことなんか気づいてくれてないみたいなのが悲しいけど)

それよりも。……国内だったら、こういうところのほうが落ち着いていいんだ、そう前をまっすぐに見詰めたまま呟いた横顔が余りにも寂しそうで。思い出したら、胸がずくん、と痛んだ。





「はい、どうぞ」

僕が差し出した弁当の包みを信じられない、と言いたげな顔で凝視してる麗華さん。どうやら固まってしまっているようなので、もう一度、どうぞ、と笑いかけた。

「いやぁ、麗華さんも外食ばっかりだと飽きるんじゃないかなーって。それに僕、こう見えて料理けっこう得意なんですよぉ」

うーん、ちょっと冗談が過ぎたかなぁ。少しでも笑顔を見せてくれたら……そう思ってあれこれ悩んだ末の今日のお弁当作戦だったんだけど。どうやら見事に外れたらしい。まぁでも。

「今日は天気もいいですし、大通公園のベンチでお昼もいいかなぁと思いまして」

まだちょっとだけ……寒いけどね。だから……ドサクサに紛れて手なんか繋げちゃったら最高!なんだけどなぁ。ちら、と視線を落として姿を確認すれば、まだ固まったまま。あんまり可愛いんで、思わず声を出して笑いそうになったのを無理やり押し込めて。

「や、さすが、今日は人がいっぱいだなぁ」

わざとらしくそんな事を言いながら周囲を見渡せば、小春日和の大通公園に多数設置されているベンチでは日光を求めてきた人たちでいっぱいで。見渡す限り、思い思いにくつろいでいる人、人、人。

――それでもどうにか近くに、空いているベンチをひとつ見つけ、

「あ、あそこ!空いてます!急いでっ!」

有無を言わさぬ勢いで空いていた彼女の手を掴んで走りだした。

(やっぱり……今日も冷たいんだな……麗華さんの、手)

その温度は懐かしさと共に、辛い過去を引き戻す。いや……違う、な。辛いこともあったけど。たくさん傷つけあったけど。大切な……月日だ。一瞬思い出したのは、蕩けそうな笑顔で、僕の名前を呼ぶ麗華さん……。

ねぇ?貴女にとっても……そうだと……いいんだけど。な。





「麗華さん?……あの、……れいか、さん?どうかなさいましたか?」

ベンチに座っても、まだ固まったままの様子の彼女が心配になって声をかけて見れば、瞳はじっと、ギンガムチェックから現れた、キティーちゃんの弁当箱に釘付けになっていて。

「あ、これは妹のを借りてきたんですよ、僕、実家は東京なんですが、今こちらの大学に通っている妹と二人で暮らしてるんで」

場の空気を何とか変えようと必死に言葉をついだ僕の耳に、小さいけれど容赦なく、ぴしり、と冷たい声が響いた。

「……その呼び方はやめてくださいと言いましたよね、確か?」

(そ…うだったかな?)

でも、本社では……」
「え?」

(わ。また、考えてたことが口にでちゃったよ。やばいやばい)

「あ……いいえぇ、じゃ、麗華さんってお呼びするのは勤務時間外だけにしますから。ね?」

(望月さん、何て呼びたくないんだけどなぁ。ま、仕事中は仕方がないか)

僕としては甚だ不本意だったけど。どうやら麗華さんは本気で困っている様子なので。これ以上苛めるのはヤメることにした。でもさ……できれば……東京に戻る前には思い出してくれないかな?


  skin by spica  
   


back / next





SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送