『その冷えた指先に』  
   
(10)



――『家庭教師と、性欲処理のお相手込みでこの金額でしたら、お安いくらいかもしれませんけど。』

ほほほ、と笑った口元のローズ色を鮮やかに今でも覚えている。

――『合格報奨金と口止め料、まあ諸々込み、ということで、300万ご用意させていただきました。どうぞお受け取りになって?』

もし今後、息子に近づくようなことがあったら、ご両親のお仕事はないものとお考えになってくださってけっこうですわ、では、ごきげんよう。いっそ愛らしいくらいの仕草で微笑んで、分厚い茶封筒を置いて出て行った……彼の母親。

――『あなたの収入が頼りなんでしょう?』

――『幼い姪御さんたちは、これからいろいろとお金がかかって大変だろうねぇ……?』

そう言って、にやりと歪んだ男のいやらしい顔。呼び出されたホテルの部屋で繰り返し行われた、汚らわしい行為と。その度に枕元に無造作に放り出されてあった数枚の、万札……。

愛人として囲われ、50男の欲望のままあらゆる行為を強要されていた私を、あの日、ふみくん、はホテルの部屋まで助けに来てくれた。……すでに意識を飛ばしていた私は……とても口では言えないほどひどい格好だった……から。そこで、どんな行為が行われていたのか一目瞭然だったはずなのに。

――『ごめん』

詰ったり軽蔑したりすることもなく……そう一言だけ告げて去っていった……彼の背中。

ぐるぐる回ってる。

「………ふっ……あ……ぁ………あぁぁぁ……」

涙が。
込み上げる。 

「えっえぅ……うっ……ぅぅ……っ」

どうしても。
止まらない。

「あああん、あああん、ええーん……」

――気づけば、彼に抱きついて激しく号泣している自分が居て。

自分でさえ。
驚いた。



昔と、変わらぬ同じ仕草で抱いてもらえた、喜びと。
過去に味わった苦しみと哀しみと。
今、身体中で「ふみくん」を感じられる、甘い幸せと。
これはきっと彼の一時の気まぐれだ。あんな大会社の御曹司が見合いだろうが恋愛だろうが、女に不自由しているはずがない、と疑う気持ちと。
もしかしたら、本当にまだ好きでいてくれるのかもしれない、と期待する気持ちと。

何もかもがごっちゃになって、一遍に押し寄せて。

ぐるぐる回って。

こんな、感情の爆発を……生まれて初めて体験した。

赤ん坊のように、ただただ泣き叫ぶ自分は。



――狂ってしまったのかと思った。



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