『その冷えた指先に』  
   
(2)



「これはこれは!望月さんっ、ようこそ札幌支店へ!!」
「お世話になります」

いやいやいやいや……そんな、お世話になるのはこちらでしてっ、ほとんど揉み手状態で出迎えられるのも毎度のこと。いい加減うんざりする。たかが本社のイベント事業部ごとき……いくら離れているといっても同じ会社の社員だというのに。まったくどいつもこいつも、男って奴は。政治とか体面とかばっかり気にして。しかも、ろくに仕事も出来ない奴ほどそういう方面に拘るんだ。思わず到着早々こぼれそうになった溜息を何とか押し留め、

「大沢さん」

さっそく用件に入ろうと切り出したのに。こちらの厳しい声音を勘違いしたのか、冷や汗だか脂汗だかを額に浮かべた大沢が、いやぁ、すみませんねぇ、空港までちょうどこれからお迎えに上がろうかと思っておりましたんですがねぇ、コイツがなかなか帰社してきませんで、と隣に所在投げに佇んでいた先ほどの若い男の頭頂部をげんこつで軽く殴りつけた。

「出迎えは不要だとお伝えしておいたはずですが?」
「あ……はい……そうでした……っけ」
「それより、」

そちら側の責任者をご紹介いただけないでしょうか、たしか、こちらにいただいた企画書では……と言いかけたところ、それを遮るように素っ頓狂な声が響いた。

「あっ、あの、僕ですっ!!山田ですっ!……すいません、自己紹介が遅れましてっ」

札幌支店営業2課課長代理の山田です、どうぞよろしくお願いします、そう言って営業マンらしくきっちりしたお辞儀と共に差し出された名刺には、確かに今回のイベントの責任者として企画書に署名のあった『山田貴史』の文字。もしかして、こいつが……例の「下僕」……? さほど背が低いわけでもないし、決して不細工という訳でもないのに。そのひょろっとした姿形や何とも言えなく頼りなげな笑顔のせいか、確かに女子社員たちの言い分に肯きたくなるようなものを持ち合わせている。まさか本当に、人身御供? 疑いたくはないが……本社に数いるAE(アカウント・エグゼクティブ)の中でも特に厳しいと有名な私からの追究を逃れるために、大沢がこの人選を企てた、とか?

(それは、有り得る)

黙って名刺を一瞥し視線を上げた先、引き攣り笑いを浮かべた典型的な狸親父面の大沢を見ているうちに、それは私の中で確信に変わったが。……ま、いっか。どのみち仕切るのは私なのだし。こんな頼りない男でも道案内くらいはできるだろう。あれこれ考えている暇があったら、一軒でも多くクライアントを回らなければ。

「では、さっそくですが」

……出展予定企業のリストの作成は済んでいますか、それから、……私はちょっと伸び過ぎて鬱陶しい前髪を掻き上げながら、左斜め上で嬉しそうに微笑んでいる男を見上げた。


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