『その冷えた指先に』  
   
(6)



ご、つ。


重たい頭がとうとう机に辿り着いたのを感じたけれど、もうすでに身体は自分の意思では如何ともしがたいレベルにまで睡魔に支配されていて。

(あーでも。山田がいるから大丈夫……)

なぜだか回らない頭でそう確信して、意識を飛ばしたところは朧気に覚えている。





そして今、心地よくゆらゆらと温かい背中に負われている感覚が、昔の記憶を切れ切れに呼び覚ましていた。

日系ブラジル人の子として、見えない何かに負けまいと日本人社会の中で、小さい頃から必死に気を張って生きてきた私だった。日雇い同然で工場にこき使われている父や母のようになりたくなくて、死に物狂いで勉強して。学費がかからないから、と国立大学に入って。就職に有利なように、ずっと成績もトップをキープして。

そういう私の生活には、恋愛という文字が入り込む余地など無かったのに……突然、彼は私の目の前に現れた。

4つ年下の、高校2年生。

大学3年の時、とても条件のいい家庭教師の口としてゼミの教授から紹介されたのが、木村貴史(きむらたかふみ)――私が唯一、愛した男性(ひと)との出会いだった。

これは後で本人から聞いたことだけど。

お互いに、一目惚れ、だった。

色白で、細面の整った顔。奥二重の切れ長の黒い瞳に込められた情熱に抗えなくて……どうしようもなく落ちていった、教師と教え子の禁断の恋。しかも、私は、最低賃金労働者の娘で。彼は、何処かの会社社長の御曹司で。いけないと思いつつも、二人ともまだ若くて、どうしても止められなかった……甘くて切ない思い出がたくさん詰まった日々。

最初に…彼に、こうして背負われたのは……。

そう……あの時も……飲みすぎて寝てしまったんだった……そうして……次は…………次…は………最後に、会った日だ。

気を失うまで……専務に攻められた………後で…………最低の…状況で。

………それなのに……とても………とても……………あたたかかった……4年ぶりの背中は…広くて…………あったかくて。


「ふみ…く……」


今でも……好き……大好き……………ずっと……あなただけ…………。

頬に流れる涙が熱い。
柔らかく何処かに寝かされた感覚があって。


――気づけば。


いつの間にか、甘いキスにうっとり支配されている自分がいた。

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