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2.Can You Keep A Secret?(1)



撮影は、思いのほか順調に進んでいった。
元々通訳の私には、ロシア語のセリフのシーンも難なくこなせるし、光村との英語での掛け合いもまったく問題はないし。
監督は、演技にあまりうるさい注文をしないタイプで「場面設定に合わせて自然に振舞ってくれれば」と言うだけ。
きっと優司のリードがうまいのだろう、と思う。
撮影は淡々とスムーズで、ちょっと拍子抜けするほどだった。

ただ。問題がひとつだけある。
この映画には、ベッドシーンが予定されているのだ。

――これは私的に……かなりの大問題だった。

まあ、そりゃあ普通……誰が好き好んで、カメラの前でラブシーンなんて恥ずかしいことをしたいだろうか?

監督は、
「バレエコンクールの舞台でのシーンと重ねて使いたい映像なので、それに合わせたロマンチックなものにしたい」
「踊りの振り付けのように、細かくシーン割をするから大丈夫」
――と言ってくれるのだけれど。

こればっかりは、どうしてもねぇ。
ふつうのオンナノコ(って言っても、四捨五入すれば立派に三十路ですけど)が、あーんなことやこーんなことをカメラの前でできるんだろうか??
うー。無理そう……。
いくら「抱かれたい男」に常に上位ランクインしている俳優さんが相手でも。
ずっと前から密かに恋焦がれていた相手だったとしても。
――ていうか。
だからこそ余計に、人前でそんなこと、できない。
……できるわけがない……。
それなのに。契約のときはこんな大切なことに頭が回っていなかったのだ。
バカ月子……もちろん台本には事前に目を通していたけれど、自分で思うよりもずっとこの話に舞い上がっていたせいか、書類にサインをするときにはすっかりそのことは頭から抜け落ちていた。
あーもー。
この期に及んで私は、自分で自分の首を絞めたい心境だった。



あ、でも。
私はこの映画では日本人じゃないんだっけ。
絶対に本名出さないって約束だし。
自分で鏡を見ても別人だって思うくらいのメイクしてるんだから、誰にもバレないよね?
だから大丈夫。うん。
一生に一度、憧れの彼との思い出作り……なーんて。

――と思い直す、比較的ポジティヴな私がいる。

いや、でもさ。
憧れだからこそ、あんなこととか、カメラの前で披露するっていうのは辛いっていうか、怖いっていうか。

(あああ、もうっ!)

気づけば、ぎりぎりと音がするほど、奥歯をかみ締めていた。
だめだ、なんとか浮上しなくちゃ……と思いつつ、思考はさらに下降を始めて……。


私は男性との接触が苦手だ。
その原因は十分わかってる。
できれば一生封印して密封して海底数万メートルに埋めてしまいたい過去。
忌まわしい、記憶。
少しでも、その記憶に繋がるもの――場面なり、においなり、心の揺れ等を感じると、とたんに脳裏にフラッシュバックが起こって過呼吸になったり体の力が抜けて倒れたりする。
今のところ、どうにか大丈夫だけど……。
撮影中に、発作が起きない保証はない。
ま、今さら考えても仕方のないことだし、誰かに話すつもりもないけどね。


はああああ。


ひとり、盛大に何度目かもわからないため息を吐いた。
けれど。
こっちの心情なんか、もちろん関係なしに撮影は進み。


――とうとうラブシーンの撮影が始まった。





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