6.さくらドロップス(1)
瞳と瞳をあわせ、見つめ合う。
気持ちをまっすぐ伝えてくる熱い視線を、きっちりと受け止める。
(もう、迷わない)
胸の奥で、そう決意を響かせながら、しだいに潤んで揺れ始める瞳と、視線を絡ませた。
「あいしてる……」
熱い吐息とともに、吐き出される気持ちを、唇と素肌で受け止めて。
痛いほど、受け止めて。
愛しい。いとしい。この命が、愛しい。
ゆっくりと高まっていくお互いの鼓動と、熱とを感じながら、力強い動きに、身を委ねていく。
もう、怖くなんかない。
ただ、こんなにも、愛しいだけ。
「あいしてる……あなたを、あいして…る……」
掠れた声が、低くやわらかく囁き続ける。
今こうしていることは、一瞬の幻かもしれない。……けれど。
寄り添い、重なり合い、愛し合う姿は、フィルムに刻まれ、二人の寿命を超えるだろう。
どこかで、誰かの心を揺さぶるだろう。
「ずっと一緒にいよう……」
たとえその約束が、本当には果たされなくても。
この一瞬の想いは、確かな形となって残るのだ。
そのためなら、すべてを擲っても惜しくはない。
――カメラが静かに回る。
監督自らがカメラを構え、他にスタッフは誰もいない。
音を拾うマイクは天井から、カメラに入らない位置で固定されている。
照明も、カメラに取り付けてあるものだけだ。
その代わり、
開け放った窓から差し込む夕陽、静かに歴史を封じ込めた東欧の街に降り注ぐ黄金の光。
……自然の光の演出。
金色の光の中を泳ぐように、愛し合う二人のシルエットが浮かんで。
その姿は。まるで、夢のように。
幻のように、美しい。
月子の唇から、祈りにも似た小さな叫びが、何度も漏れる。
熱くて、切なくて、熱くて、愛しい。
もっと。もっと深く。もっと高く。もっと……。
スクリーンいっぱいに、エレーナと武志が愛し合う姿と、コンクールの舞台で踊る姿が交互に映っている。
『……ほうっ……』
――両者が溶け合う、二人の濃密な愛が際立つような幻想的なシーンに、観客の口から溜息が漏れた。
光村優司主演の映画『Rhapsody』の試写会は大成功だった。
舞台挨拶に現れた月子は、瞳の色に合わせたグリーンのシンプルなドレスを華麗に纏い、それにあわせた華奢なヒールのサンダルを履きこなして。
バレリーナらしい優雅な立ち振る舞いが際立っている。
大き目のカールをつけた蜜色の髪と、繊細なつくりの、ダイヤが煌くピアスを揺らして、こやかな笑顔を振りまいていたかと思えば、今度は請われて、何台も居並ぶカメラの前で少しはにかみつつポーズをとっている。
タキシードを着た光村にエスコートされ、通訳を従えて記者発表会に現れた彼女を、
――誰も日本人とはわからない。
マスコミは完全に煙にまかれ、エレーナ役はバレエ学校の生徒から選ばれたラッキーガールだと思い込んで疑っていない様子だ。
にっこりとカメラ目線で笑う月子の笑顔には、自信が溢れて。
周囲が息を呑むほど輝いていた。
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