第1章   第2章   第3章   第4章  第5章  第6章  第7章  第8章 
6.さくらドロップス(1)



瞳と瞳をあわせ、見つめ合う。
気持ちをまっすぐ伝えてくる熱い視線を、きっちりと受け止める。

(もう、迷わない)

胸の奥で、そう決意を響かせながら、しだいに潤んで揺れ始める瞳と、視線を絡ませた。

「あいしてる……」

熱い吐息とともに、吐き出される気持ちを、唇と素肌で受け止めて。
痛いほど、受け止めて。

愛しい。いとしい。この命が、愛しい。

ゆっくりと高まっていくお互いの鼓動と、熱とを感じながら、力強い動きに、身を委ねていく。
もう、怖くなんかない。
ただ、こんなにも、愛しいだけ。

「あいしてる……あなたを、あいして…る……」

掠れた声が、低くやわらかく囁き続ける。
今こうしていることは、一瞬の幻かもしれない。……けれど。
寄り添い、重なり合い、愛し合う姿は、フィルムに刻まれ、二人の寿命を超えるだろう。
どこかで、誰かの心を揺さぶるだろう。

「ずっと一緒にいよう……」

たとえその約束が、本当には果たされなくても。
この一瞬の想いは、確かな形となって残るのだ。





そのためなら、すべてを擲っても惜しくはない。





――カメラが静かに回る。

監督自らがカメラを構え、他にスタッフは誰もいない。
音を拾うマイクは天井から、カメラに入らない位置で固定されている。
照明も、カメラに取り付けてあるものだけだ。
その代わり、
開け放った窓から差し込む夕陽、静かに歴史を封じ込めた東欧の街に降り注ぐ黄金の光。
……自然の光の演出。
金色の光の中を泳ぐように、愛し合う二人のシルエットが浮かんで。


その姿は。まるで、夢のように。
幻のように、美しい。

月子の唇から、祈りにも似た小さな叫びが、何度も漏れる。

熱くて、切なくて、熱くて、愛しい。
もっと。もっと深く。もっと高く。もっと……。





スクリーンいっぱいに、エレーナと武志が愛し合う姿と、コンクールの舞台で踊る姿が交互に映っている。

 『……ほうっ……』

――両者が溶け合う、二人の濃密な愛が際立つような幻想的なシーンに、観客の口から溜息が漏れた。







光村優司主演の映画『Rhapsody』の試写会は大成功だった。

舞台挨拶に現れた月子は、瞳の色に合わせたグリーンのシンプルなドレスを華麗に纏い、それにあわせた華奢なヒールのサンダルを履きこなして。
バレリーナらしい優雅な立ち振る舞いが際立っている。
大き目のカールをつけた蜜色の髪と、繊細なつくりの、ダイヤが煌くピアスを揺らして、こやかな笑顔を振りまいていたかと思えば、今度は請われて、何台も居並ぶカメラの前で少しはにかみつつポーズをとっている。
タキシードを着た光村にエスコートされ、通訳を従えて記者発表会に現れた彼女を、

――誰も日本人とはわからない。

マスコミは完全に煙にまかれ、エレーナ役はバレエ学校の生徒から選ばれたラッキーガールだと思い込んで疑っていない様子だ。
にっこりとカメラ目線で笑う月子の笑顔には、自信が溢れて。


周囲が息を呑むほど輝いていた。





next






template : A Moveable Feast
←novel

Copyright © 2005 rosythorn All rights reserved.



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送