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5.Final Distance(1)



――思い出したのは。

ポストを開けたとき、コンサートや、舞台のチケットが入っていたときの驚き。喜び。……そして、戸惑い。

郵送じゃないのは。
彼は、私のアパートの部屋を知っているという意味で。

それなら、どうして直接会いに来てくれないんだろう?
マスコミにバレると困るから?
そうだよねー。困るよね。ふつう。
単純に言えば、人助けの美談かもしれないけど、香奈さんのこととかもあるし。
それに、三流週刊誌とかに事件のことをあれこれ蒸し返されるなんて、考えただけでも気分が悪い。
それに……いつも手紙はおろか、メモさえ添えられていないのは……どういう意味だろう?
あれから、夜は、一人じゃ外出できないし、知らない男性と接触してしまうから、人ごみもダメなんだ。
だから。本当はすごく行きたくても、行けないんだよ?
こんなに何回もすっぽかして、どう思ってる?
せめて連絡先くらいあれば、きちんと訳を説明できるのに。
ああ、でも。
光村優司のファンなんて何万人もいるんだから、そのうち、私一人のことなんて忘れちゃうよね。きっと……。
だったら私も、単なるファンのひとりになろう。
時が経てば、体の傷が癒えるように、きっと。
きっと心の傷だって時が経てば自然と癒えるはず。
だいじょうぶ。私は、そんなに弱くない……。
必ず過去の一ページにできる。


だから、大丈夫。


――ずっとそう思って独りで生きてきた。


なのに。

どうして私は今ごろになって、こんなに泣いているんだろう?





黙って泣き続ける月子さんを、そっと抱きかかえるようにしながら、ふぅ、と零れたのは溜息で。

「あなたのことが好きなんだ」

ねえ、どうしたら信じてもらえる?俺は、他の誰かじゃなくて、貴女がいいんだよ?
なんとか気持ちが伝わるようにと祈りながら、噛んで含めるようにゆっくりと言葉をかければ。

「そう言われても」

やっぱりわからないよ……。小さく呟く声が聞こえた。

「あなたの周りには、たくさん素敵な女性がいるじゃない。それなのに、どうして私なんかを選ぶの……?」

どうやら頑なになってしまった様子の月子さんは、そう言って俯いてしまった。
泣くのを我慢しているのか、噛み締めた唇が白い。

(あーほんと、まいったな……)

「あなたってさ、自分のこと、全然わかってないんだから」





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